益子直美さんは、中学生時代からバレーボールを始め、高校3年生で全日本代表となり、日本リーグやワールドカップ、世界選手権への出場を果たした、元バレーボール選手です。引退後はスポーツキャスターや日本スポーツ協会副会長として活動しています。彼女は40代で不妊治療を行い、50歳で心房細動を発症し、手術を受けるなど健康問題を経験しました。自身のメンタルの変化をきっかけに「監督が怒ってはいけない大会」を主催し、子どもたちの成長を見守る活動をしています。私生活では夫と共に不妊治療を卒業し、子どものいない人生を前向きに受け入れ、楽しく生きていく決意をしました。

益子直美さんの人生は、厳しいスポーツ界での経験や不妊治療、心臓の病気といった多くの挑戦を経て、新たな章を迎えました。益子さんが語る「50歳までは操り人形のようだった」という言葉には、不妊治療やスポーツ界でのプレッシャーに押しつぶされそうになった過去の彼女の姿が浮かびます。
人生の転機となった心房細動の発症は、益子さんに自身の心身に向き合う時間を提供しました。この辛い経験を通して、彼女が自らの価値を再確認し、スポーツメンタルコーチングを学び、より自由になったというストーリーは、多くの人々にとって前向きなインスピレーションとなります。彼女の経験から学べることは、挑戦を恐れずに新しい方向へ進む勇気を持つことです。友人や周囲とのつながりを通じて、孤独を感じることなく、より充実した日々を送ることができるでしょう。
ネットからのコメント
1、「監督が怒ってはいけない大会」はいいですね。野球、サッカー、ラグビー、柔道、空手。自分が住んでいる地域だけでも、いろんな場所や習いごとでパワハラ的な指導が行われている。子供達が萎縮してしまい、相手チームではなく、指導者の方向を見ながら試合をしている。とてもではないが、スポーツを楽しむという雰囲気ではないチームもある。そして下手な子やミスした子、また活躍できない子や成長が周りの子より遅い早生まれの子が早い段階でスポーツを諦めていく。
「監督が怒ってはいけない大会」が各スポーツで広まるといいなと思う。
2、益子さんを初めて見たのが、春高バレーだったように思います。バレーのことはよくわからない私ですら、益子さんのプレーが光り輝いているように見えました。色々あったと思いますが、楽しい人生を送られていらっしゃるのが良かったです。
3、この有名な明るい益子直美さんが、50歳までは操り人形みたいでしたね、とはっきり語るのに驚いた。が、はっきり語れるようになったと言うことは、操り人形ではなくて、益子直美と言う自分自身をしっかりと確立したということに感動を覚える。監督に怒られていた選手時代、その流れで、怒って指導していた監督時代、メンタルをやられて、それが心臓にきてしまった。子ども達は可愛いと言う。本当の自分は怒りたくなかったのだ。心とからだは正直だ。結婚して、不妊治療を始めた。なかなか結果が出ない。夫であるパートナーが優しい人で良かった。今、益子直美さんは、人生を楽しく生きようと肩の力を抜いた。彼女の経験は、同じような経験をした女性の共感を呼ぶだろう。
4、『監督が怒ってはいけない大会』素晴らしいです。色々な経験や病気のご苦労を知り、涙がでました。指導や方針、また口調も厳しめの体操クラブに娘が所属しています。常に怒られないように行動し、いつも萎縮しているため、自分の意見なんて絶対に言えない環境です。また、親も同様にクラブの言うことは絶対的な所です。勝つには練習、厳しい指導、わかってはいるけれどもう少し伸び伸びやってほしいといつも願っていますが、辞めることも非常に大変で競技は好きだし踏みとどまっています。益子さんのこれまでの経験が財産となり、素晴らしい後輩育成をされ益子さんにしかできないことだと思います。これからも未来ある子供達のために頑張ってください、応援しています。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/ddd718c00a1e2463d274080372fc880eca3138ac,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]