福岡県庁の互助組織「部課長会」が、10年以上前から県議の政治資金パーティー券購入費を補助していた問題で、服部誠太郎知事は7月14日の会見で慣行の見直しを表明。職員による県議への「先生」呼びや起立・見送りなどを廃止し、議会への過度な忖度を改める方針を示した。

県議を「先生」と呼び、入室時に起立して迎えるなど、長年続いた過度な配慮は、単なる礼儀ではなく行政と議会の健全な距離を損なう慣行だった。政治資金パーティー券購入への補助が10年以上続いた背景には、権力側への忖度を生む組織風土の問題がある。必要なのは、①職員と議員の接遇ルールを明文化すること、②政治資金や会費支出を第三者が監査できる仕組みを整えること、③内部通報や意見表明を守る制度を強化することだ。公務員が守るべき相手は特定の議員ではなく県民である。肩書きに過剰な敬意を払う政治文化から、透明性と公正さを重んじる行政へ変わる時だ。
権威への遠慮で判断が歪む組織は、いずれ県民の信頼を失う。小さな呼称の変更に見えても、これは公私の境界を取り戻すための重要な一歩であり、古い慣例を守ることより公共の利益を優先する姿勢こそ求められる。

ネットからのコメント
1、市議会議員、県議会議員、国会議員はそれぞれ市や県、国の仕事を監視する役割の人たちで市民、県民、国民の代表です。国会議員は特にやり玉にあげられることが多いですが、国会議員の仕事は政府の仕事を監視して、正しい国政に導くことです。ですので、国会議員は国民側の代表です。その理解からこの記事を読むと、監視される側の県職員が、本来は相対する議員に対して「先生」だの、パーティー券購入だのというのは、とんでもない癒着であって、その異常性が理解できると思います。
2、大賛成です。とてもとても良いことだと思います。
議員=偉い人、という考え方は払しょくすべきです。国会議員を含めて選挙で選ばれた人は結局我々有権者の税金で飯を食ってるだけの存在です。少なくとも有権者より下のはずです。もちろん、それだけ努力をしてきて人に選ばれているのでリスペクトは必要でしょうが、それが行き過ぎるから腐るのだと思います。いきなり「さん」付けは難しいでしょうから「議員」「委員長」など肩書で呼ぶのは良いことだと思います。ただ、会社の中ではすでに社長であっても「さん」付けですがね。先生はやっぱり生徒からみた「先生」だけだろうと思うんだけどね。
3、国会議員、県市町村会議員すべてに該当します。私も常日頃から議員をなぜ「先生」と呼ぶのか疑問に思っていました。先生などと呼ぶから自分は一般人より偉いんだと勘違いしてふんぞりかえってしまうんです。議員同士先生と呼び合うのもそうですがなにより地元支援者こそ一番の片棒担ぎです。地元支援者が当選議員にケツをたたいて「頑張ってこい」くらいの発破をかける。たいした活動をしていないときには「何やってんだ」くらいの喝を入れる。
そうでもしない限り今の間違った構図は改善されないと思います。議員は先生でもなければ一般人と比べて偉くもありません。
4、選挙に立候補する時は地元のために頑張りますからどうぞ当選させて下さいと頭を下げるが当選すると前言を忘れて自分の利益のためだけに動きまる議員ばかりで残念で仕方がない。本来、議員は国民・県民・市民のためのボランティアであべきでそれに対しての報酬を税金から受け取っていることを忘れないで欲しい、今回の事案を頭に置きながら各市町村においても同じことが行われていないか検証の必要があるのでは?
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/2162082dc97fffea0400e167f323be77b8945891,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]