1985年8月12日、日本航空123便が群馬県上野村付近に墜落し、520人以上が命を落とした。事故後、長年にわたり自衛隊機が関与したという陰謀論が広がっていたが、元航空自衛官の船場太氏はこれに対し明確に反論している。船場氏は、青山透子氏が著作で述べたF-4ファントム機が音速で200kmの距離を5分で飛行したという主張を否定し、音速を超えるには多大な時間がかかること、そして日本の複雑な稜線では音速飛行が不可能であると指摘。
また、民間機をターゲットにした訓練が行われることはないとし、陰謀論には多くの論理的誤りがあると強調した。さらに、仮に秘密裏にミサイル試験を行ったとしても、それに関わる人数は1000人以上になるため、秘密が漏れることは避けられないと述べている。
船場氏の分析によると、このような陰謀論は無駄な混乱を招くだけであり、実際には自衛隊の関与はないことが明らかである。
ネットからのコメント
1、もう、40年経つのか。家内の小学校時代の友人が犠牲になったと結婚する時に聞いたな。事故調が結論出しているので陰謀論とか今だに言っている事が分からん。まぁ、反米、反自衛隊の方々なんだろうけど。本当に痛ましい事故だったので犠牲者の鎮魂を祈るだけで良いではないか。
2、私の後輩が陸自で救助活動に行ってました。夜中じゅう墜落位置が錯綜して早朝にやっと現場到着。
地面が辺り一面、まるでチョコレートを流したような真っ黒な血で覆われていたそうです。ご遺体を回収しようとして腕や足を持ち上げようとしたら、皮膚がズルッと剥がれて軍手が脂まみれになったり、生きて地獄を体験したと生々しい話しを聞きました。あまりにも哀しく辛い事件です。
3、当時はまだネットが普及してなかったのが幸い、と言えますがそれでもこの事故の陰謀論ってたくさん出てましたよね。特に日米安保闘争を経て当時は自衛隊に対して否定的な意見を持つ左巻きの人が多かったので、自衛隊の対空ミサイルの誤発射、とかも当時言われてました。
4、そもそもミサイル撃墜ならもっと機体がバラバラにならなきゃおかしいのに、なぜそんなことを言えるのだろうか?あの事故は明らかに山にぶつかった跡だって残っているし、フライトレコーダーにも垂直尾翼が折れてダッチロールした形跡があるではないか?陰謀論を唱えるのは勝手だが、所詮は妄想空想の範囲内のことを『事実だ!』とするのは自衛隊はもちろん遺族らにも失礼だし、慎むべきだと思う
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/5f2192cff3ab8658dac023135a09f706f2a8a375,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]