1985年に埼玉県春日部市で1号店として誕生した玩具店ハローマックは、1990年代前半に全国472店舗まで拡大し、各店年商約1億円、グループ売上の20%超を担う主力事業となった。しかし1991年以降の大型競合の進出やショッピングモールの普及、利益率の低さなどが重なり、1990年代後半から縮小。2008年に最後の店舗が閉店し、現在は靴事業とECを中心とする経営へ転換している。

ハローマックの消滅は、単に一つの人気店が時代に負けたという話ではない。市場環境が急激に変化する中で、成功体験への依存と収益構造の弱さが重なれば、どれほど愛されたブランドでも生き残れないことを示している。体験型店舗という強みがあっても、利益率の低い商品構成や競争環境の変化に対応できなければ持続は難しい。企業が長く成長するためには、第一に市場変化を前提とした継続的な事業改革を行うこと、第二に独自ブランドや高付加価値商品の育成で利益基盤を強化すること、第三に実店舗とECを融合させた柔軟な販売戦略を構築することが欠かせない。
思い出だけでは企業は存続できない。しかし、思い出を未来につなぐための経営判断こそが、本当のブランド価値を守る力になる。
ネットからのコメント
1、家の近くには無かったけど、母方の実家の近くにはあって、帰省する度に、親戚の子達といっしょに行った記憶がありありと浮かびます。当時は既にジャスコやイズミヤといった中規模モールもあったので、そこで買い物をするのが当たり前でしたが、郊外にあるあの突起した建物を見るとテンションがすごく上がった。今でも当時の店舗の居抜き物件らしきものを見ると、懐かしさと寂しさを覚えます。
2、地方の田舎出身ですが、まさに「ロードサイド」展開で、メインの大通りと郊外をつなぐバイパス沿いにあり、近所に友人の家もあり、子供の頃の待ち合わせ場所だった。広い店内に、ありとあらゆるジャンルの玩具があり、夢が詰まってた。クリスマスや年末年始の、ハローマックの新聞チラシ広告は、テストの答案用紙みたいに、何度も裏表、見返してた。
3、確かにハローマック店舗は遠くからでも一発で発見出来るキャッチーな形でした。
今でも旧店舗は、居抜きの他業種に変わっても元ハローマックだとすぐわかります。プラモ好きの自分は小学生から20歳で上京するまで、ハローマックとバンバンはよく通っていました。今では玩具チェーンも個人経営の模型店も殆ど見なくなり、寂しくなりました。
4、昔はひとつの市に必ず一軒はあるくらい日本のあちこちにあったな。アットホームなおもちゃ屋という感じで子供のころファミコンとかミニ四駆とかプラモデル良く買いに行ってた。同時期に進出してきたトイザらスに完全に喰われた印象があるな~今でも三角屋根の建物はたくさん残ってて靴流通センターとかゴルフドゥやゴルフパートナーになってる店が多い。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/98305cf77c9ea9f5b0c0079d60cc62a5c2629b0a,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]