久米宏さんが81歳で肺がんのため2024年元日に亡くなられました。埼玉県出身の久米さんは、1967年に早稲田大学卒業後、TBSにアナウンサーとして入社。「ぴったしカン・カン」や「ザ・ベストテン」で軽快な司会ぶりを発揮し、1979年退社後フリーとなりました。「ニュースステーション」のキャスターとして18年以上勤め、フランクな語り口で視聴者から高い支持を得ました。さらにラジオにも積極的に関与し、2020年まで「久米宏ラジオなんですけど」を担当。妻の麗子さんによると、久米さんは「最後までらしさを通した」とされ、生涯を自由な表現者として駆け抜けたと言われています。

久米宏さんの訃報に接し、その功績への敬意を表すとともに、大切な方を失ったご家族へ深い共感を捧げます。久米さんはニュースやバラエティを通じて多くの人々に笑顔や考えるきっかけを届け続けました。
その存在は個々との距離も近く、視聴者への配慮が行き届いたものでした。その一生が「らしさ」を全うし、一瞬にも悔いのない自由な人間として描かれていることは、彼を偲ぶ際に希望に満ちた物語にも感じられます。失った悲しみは容易には癒えませんが、その影響を受け継ぎ、幸せだった瞬間を語り続けることが、残された者にできる最良の答えとなるでしょう。
ネットからのコメント
1、ニュースステーションは当時、斬新なニュース番組だったと記憶しています。いまでこそ、キャスターがコメントを残すのは普通になりましたが、当時はキャスターは「ニュースを伝える」のが仕事でしたが、久米さんは自分なりの意見や解釈を挟みながら、分かりやすく伝えたと思います。賛否両論ありましたが、その後の筑紫哲也さんの番組などにもに大きな影響を与えたと思います。最近はニュースだけでなく、天気予報も、気象予報士が、洗濯の仕方とか部屋の換気、などなど多く話すようになりましたね。
2、担当されていた「ニュースステーション」のスタジオゲストでいらしていた小田和正さんのパフォーマンスを拝見し、その後ずっと歴が続いています。
当時小田さんがTVに出られることは大変珍しかったのですが、ベストテンにはオフコースにリクエストを多数いただいたのに結局出演することがなかったので「お詫びの意味も込めて」というようなことをおっしゃっていたと思います。まさか黒柳さんより先に旅立たれるとは・・・今でいうと安住さんのようやキャスターのさきがけだったと思います。ご冥福を祈ります。
3、横山やすしさんとの番組も見応えありましたね。とても滑舌よく簡潔で、イントネーションも正確で、テレビなのに画面見てなくても大体のことは久米さんのアナウンスで理解できる。耳心地もいい。映に頼らないで、誰にでも分かりやすいニュースを届けてくれました。久米さんのおかげでニュース好きになったのかもしれません。本当にお世話になりました。ありがとうございました。
4、突然の訃報にとても驚いております。子どもの頃に観ていたベストテン大好きでした。いつも素敵なスーツ姿も拝見していました。もうあの笑顔、リズム感のある知性あふれる久米さんのトーク、物事を多角的に偏見なく見る正しい意見も聞けないのですね。
本当に貴重なアナウンサーでした。黒柳徹子さんとの抜群に面白いトークも、また見たかったです。とても寂しく思います。心からご冥福をお祈りいたします
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/30b326507083554ba6a29e7f3a1676eefa5b21bb,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]