『火垂るの墓』は太平洋戦争末期の物語で、主人公の清太と節子が戦争の悲惨さに巻き込まれる様子を描いています。2025年8月15日(金)に放送予定の『金曜ロードショー』のために再考されたラストシーンでは、清太と節子を演出する赤い光が映し出され、彼らが幽霊として現代のビル群を目にする様子が描かれます。このビル群は、現代社会への静かな警鐘として機能し、人間関係が希薄であることが持続的な問題であることを示しています。
高畑勲監督によると、清太は世代を超えて人間関係の重要性を反映しており、物質的に恵まれた現代社会でもこのテーマが必要であるとされています。
この作品は、戦争の悲惨さを超えて、個人の無力感や人間関係の欠如に焦点を当てています。主人公の清太は、周囲に頼ることができず、孤立してしまうことで悲劇に至りますが、これは現代社会でも共通の問題です。重要なのは、経済的発展という表面的な成功が、人間同士のつながりを希薄にしていることです。まず、社会において個人の孤立を減らす支援体制の強化が必要です。そして、学校や職場における人間関係教育を推進することで、対話と理解を深め、孤立を防ぐべきです。最後に、地域コミュニティの役割を強化し、SNSの普及がもたらす孤立化を防ぐために親密さを育むイベントを増やすことが鍵となります。
私たちがどのように発展を遂げたとしても、人間関係を軽視することはできません。これが未来への真の価値と幸せにつながるのです。
ネットからのコメント
1、あぁ、ホントにこの映画を観ると落ち込む、それぐらいに2人の結末に心が痛くなるから、観たくないけど観てしまう、高畑さんのアニメーションの凄さ、細かい描写に引き込まれてしまう、2人の声がまたあまりにピッタリで、節子の甘えた声なんてたまらんよなぁ、お兄ちゃんだって甘えたいよなぁ、よく頑張ったなぁって
2、初めて見た時はまだ学生だったので、ただただ悲しい物語で酸欠になるんじゃないかってくらいに泣いた記憶があります。でも自分も大人になって母親になってから見た時に清太の選択や考えにちょっと違うんじゃないか?と見方が全然変わってましたね。前に松嶋菜々子さんが叔母さんの役でのドラマも冷たい、酷いみたいな事言われてましたけど(ドラマなのに)私は何となく叔母さんの気持ち理解できましたしあの時代なら仕方ないのかなとも思いました。これは若い頃と年取ってからと2度見て欲しいですね。
3、最近のマイブームが昔の日本映画を見る事です。1970年代ぐらいまで、金銭の貸し借り、個人間でのシーンが頻繁に出てきます。昔の人は気軽に同僚に借りてた。そして貸していた。私の父親も借りたり貸したりしてたし、そして近所との行き来も頻繁にあった。考えてみれば小学生時代の70年代、登下校時、近所の大人達によく声をかけられた記憶。家にもよく近所の人が遊びにきてました。親がカレーを作ったら、鍋ごとお裾分けに行ったり。今はそんな事なかなかないですね。迷惑かけぬよう、または付き合いが面倒と避けてる。「火垂るの墓」のラストシーンは、私の解釈では、誰も知らない、忘れられた命、忘れられた人々の犠牲、と私は思ってました。私達も100年後は誰も覚えてないはず。そして繁栄に頑張った人達、犠牲になった人達の事などに、人々は思いを寄せる事もなく生まれた時から、そこにあるから、ありがたみなど何にも感じてない事への警告と。
4、水野晴郎さんの解説時代に、この火垂るの墓の締めも映画っていいものですねと締めていた。それは映画が色々考えさせられる意味ってことなんでしょうね。
金曜ロードショーは10月で40周年です。昔のOPのプラモデル発売されたり、OPもフライデーナイトファンタジーに戻して初期みたいにもっと色々な映画も記念でやってみては。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/042274e5b6abe4d2e5761cb0d5ce9d8e4f04930a,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]