1985年1月8日、熊本県松橋町(現宇城市)の民家で59歳男性の遺体が発見され、3日前に訪問していた宮田浩喜さんが逮捕された。自白を根拠に懲役13年が確定したが、97年に新証拠が見つかり、2019年に再審無罪が確定。遺族の国家賠償請求で、福岡高裁は27日、国と県双方の違法行為を認め、賠償を命じた。

無実の可能性を示す証拠を抱えたまま、一人の人生を13年間奪った捜査と司法のあり方は、決して個人のミスで片付けられない。真実より有罪獲得を優先する空気があったなら、それは制度全体の危機であり、次の犠牲者を生む。本質的な問題は、警察・検察の権限に対する監視不足、証拠開示の不徹底、誤った捜査を修正する仕組みの弱さにある。再発防止には、証拠開示の全面化、取り調べの録音録画の徹底、第三者による捜査検証制度の強化、さらに誤判時の責任追及を明確にする仕組みが必要だ。
国家が人を裁くなら、自らの誤りにも同じ厳格さで向き合う責任がある。失われた時間は賠償金だけでは戻らない。人権を守れない正義は、正義の名に値しない。社会の信頼は、強い捜査ではなく、間違いを認めて正す制度によって築かれる。権力を持つ側ほど厳しい検証を受ける社会でなければならない。
ネットからのコメント
1、ようやく警察と検察の双方に責任が認められた判決になりました。冤罪は、一人の人生だけでなく、その家族の人生まで壊してしまいます。殺人犯という目で見られ、長年苦しみ続けた時間は、お金では決して取り戻せません。本来なら真犯人を追うべき捜査が、誤った方向へ進んだことで、本当の犯人を逃した可能性もあります。当時の担当者は事件を解決し、有罪判決を得た実績として評価されたかもしれません。しかし、その裏で一人の人生が奪われていたとすれば、あまりにも重い問題です。同じ悲劇を繰り返さないためには、裁判で有利な証拠だけでなく、不利な証拠も含めて全て開示する仕組みを徹底する必要があります。証拠を隠さないことは、被告を守るためではなく、本当の犯人を見つけ、司法への信頼を守るために欠かせないことだと思います。
2、こういう自白を何故したかといえば、おそらく警察や検察の極めて厳しい自白要求があったからと推測します。警察や検察がターゲットとする人物を黒と断定し徹底的に自白を要求するという行為の結果です。ターゲットが「やりました」と言うまで拷問に近いような自白要求があったんだろうと思います。今国会でも本件に係る控訴などに関する法案が決まりましたが、取り調べの様子を第三者が見れる体制(録画)をしっかりと確立することが最も大事だと思います。
3、長年の冤罪事件に対して、ようやく「警察も違法だった」と高裁が正面から認定した意味は重いと思います。松橋事件をめぐる国家賠償訴訟の控訴審で、福岡高裁は国だけでなく熊本県にも賠償を命じ、警察捜査の違法性を認めたとのことですが、これは一審が国(検察)のみの責任を一部認定するにとどまった流れを大きく転換する判断です。自白偏重や証拠軽視の捜査によって、無実の人の人生を奪った結果について、「誰のどんな行為が違法だったのか」をここまで明確に指摘した以上、単に賠償金を払って終わりでは済まされません。
取調べの可視化や証拠開示の徹底、再審制度の見直しなど、冤罪を生まない仕組み作りに本気で踏み出さないと、同じ悲劇は形を変えて繰り返されるだけだと感じます。
4、カリフォルニア州のようにすべての取り調べをビデオ録音する義務を警察と検察に課せば良いのにと思っています。ただし公文書扱いにすると誰でも公開請求ができるのでその点の扱いは特殊な法律が必要だとは思いますが。どうせ今の日本でも取り調べ記録は文書で残ります。文書作成は警察や検察側が行い、内容に間違いないと取り調べを受けた人のサインを取りますが、ただでさえ取り調べで疲れている中誰が全部読み返すでしょうか。カリフォルニア州ではビデオ撮影を途中で止めることもできないなど改ざんを防ぐ決まりも多く整備されています。日本もぜひ導入を。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/e66ba68eb266e86b6adc9d85dd2bdac22063cf45,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]