2012年1月15日、北海道旭川市で中学1年生の佐藤智広さん(当時13歳)が行方不明となった。家庭での口論後、軽装で氷点下の雪道へ飛び出し、それ以来消息不明となっている。母親の舞さんは警察への届け出、地域でのビラ配り、さらには東京での捜索活動を行ったが、有力な情報は得られなかった。公衆電話から届いた「タスケテ!トモヒロ!」というメッセージや大阪での情報提供も実を結ばなかった。現在27歳となる智広さんの安否を舞さんは願い続けているが、行方不明者の記憶は年月とともに風化し、解決には繋がっていない。

この事件は関係者の悲痛な心情が伺える一方、行方不明者捜索の社会的な課題にも触れるべきテーマであることから、以下に批判型のコメントを示します。
行方不明者を捜索する制度が、家族にとって長年重い課題をもたらしているのは痛ましい現実です。
しかし、特に事件初期の報道が終了した後、関係者が孤立してしまう構造には異常さを感じます。このケースでは、丁寧な捜索や公正な警察調査の限界が見え隠れし、家族や地域社会が重い負担を背負わざるを得ない状態があると言わざるを得ません。

行方不明者問題は全国で続いており、年間8万人を超える失踪者数は数字以上の重さを持ちます。それにもかかわらず、捜索は家族主導や自費活動に頼る状況が続いています。多くの場合、家族と警察の連携が弱く、事件発生初期に占める進展の重要性が見失われています。報道の熱度が急速に低下し、行方不明者への関心が薄れるのも、日本全体における大きな制度上の問題です。

解決には、制度改革が必要です。まず、捜索指揮権を持つ専門部署の設置、警察以外の公的機関との連携強化が考えられます。また、事件初期段階で迅速かつ効率的な行方不明者データベース作成や登録を進めること。そして、家族の負担軽減のための支援金制度や、世間の関心を持続する広報活動が不可欠です。

行方不明のまま年月が経つという痛切な事実は、家族にとって終わりのない苦しみそのもの。公共制度がこの現実に手を差し伸べられないのであれば、社会全体の信頼は揺らぎます。この問題を放置する国は、家族の真の安全を保障しているとは言えないのです。

ネットからのコメント
1、何年たっても区切りが来ないのが、行方不明のご家族のいちばん苦しい所だと思う。
しかし、けっして他人事ではありません。時間がたつほど世間の関心は薄れやすいのに、家族だけが毎日同じ場所で待ち続ける構図は切ない。せめて年1回でも、警察・自治体が「最新の情報受付(連絡先・特徴・更新日)」を公式に整理して、誰でも拡散できる形で出し直してほしい。結局ここを整えないと、風化だけが進んでしまう。
2、時代が違うけど中学卒業後行方不明になり70代で東京の役場から亡くなったと連絡入った親戚がいる(25年くらい前かな)結局唯一の親族であるお兄さんも他人ですそちらで処理して下さいで終わりだったみたいこの方が事件に巻き込まれたのか自分の意思で失踪したのかは判らないが町中に監視カメラがこういう時は捜すの容易だろうなと思うヤラセ番組は嫌だが公開捜査や記憶喪失番組は定期的に放送した方が良いと思う
3、もう30年も前の話です。高校生だった友人は「レンタルショップに行く」と言って出て行ったきり行方不明になりました。その一週間前には私と一緒に映画にも行っていました、その週末も別の友人と遊ぶ約束をしていました。
当時、地元の新聞にも掲載され、私を含む友人数人でビラも配りました。その後一切の手掛かりはなく30年が経ちました。行方不明は一番残酷です。そんな人が今後出ないように願います。
4、反抗期の男の子なら、家から出て行ってしまうことは珍しくない。うちも長男が家出したことがあります。警察に届けたり一晩中起きて探したりして、万が一のことがあったらと思い気が気でなかった。だからこの件に関して他人事ではありません。早く有益な情報がもたらされ、ご本人とご家族が安心して暮らせますように。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/e56de26690e8ab8c9a3a5ac700356a5c54262c09,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]