事件概要
近年、「おじさん」という表現が世間でからかいや批判の対象となる事例が増えています。例えば、東京都庁がクールビズの一環でハーフパンツの勤務を認めると、「すね毛は見たくない」といった声が上がるなど、中高年男性への外見や行動全般にネガティブな評価が寄せられています。その背景には、男性優位社会での歴史やハラスメント問題が影響しており、一部メディアやSNSでは性別や外見を理由にした嘲笑が拡散。こうした風潮は「おじさん」というステレオタイプの形成を助長し、個々の苦悩や多様性を見えにくくさせています。また、属性に基づいた批判の一因には、SNSの対立構造を利用したインプレッション稼ぎの風潮も挙げられています。

コメント
他者を属性でひとくくりにし、嘲笑する風潮は大きな問題です。「おじさん叩き」は、私たちが長年戦ってきた性差別や偏見と同じ構造であり、それを許容することは新たな差別を生むことにほかなりません。この現象の本質は、社会全体が鬱屈した感情を吐き出す対象を必要としていること、その結果として「おじさん」という記号が便利なスケープゴートにされている点にあります。しかし、そうした行為は対象個人の尊厳を損ない、健全な社会形成を阻害します。
解決策として、まずメディアとSNS利用者に対し、外見や年齢を嘲笑する行為の倫理的責任を訴えるべきです。次に、年齢や性別を理由にした固定観念を乗り越える教育を推進し、多様性や共感の重要性を教えることが必要です。また、企業や行政がハーフパンツ勤務などの政策を導入する際には、施策の目的を明確に示し、外見批判から議論を逸脱させない工夫が求められます。
「おじさんだから」という雑に済まされる偏見は、すぐそばにいる誰かを深く傷つけています。私たちは社会全体の成熟度が問われているという事実に向き合い、あらゆる人が安心して生きられる環境をつくるべきではないでしょうか?
ネットからのコメント
1、自分も若い頃は、おじさんおばさんに対して同じような思いはありました。でも見たくないなら見るな、何かされたり、言われたりしたわけでないのに、わざわざ他人を観察して、服装や見た目が自分の考えに沿わないからとたたくなんてつまらない、もっと楽しいことに目を向けたらいいのに。みんなもれなく、おじさんおばさんになるし、その時には若い子にそう思われる順番が来る。今言われてるおじさんおばさんも順番が来ただけなので、そんなに傷つかないで受け流そう。
2、最近の「おじさん叩き」について傍から見て思うのは、少し前はおじさんの行動について「いじり」「からかい」に近いライトな感覚で、言われたおじさん達も、笑って受け流すくらいはしていたような印象ですが、最近の「おじさん叩き」はヘイトや嫌悪のような雰囲気が前面にでていて、本気でへこむような内容だと思う。同じく空気も吸いたくない「ブレハラ」なんて最たるものではないだろうか?極論として、セクハラ・パワハラ当たり前の、昭和気質のおじさんもいて、そういう人を見ていると嫌悪感が湧く気持ちはでるのかもしれないけど、中年おじさん全員がそうであるかのように一括りにされるのは流石に気の毒かな。
3、>これまで特権的なポジションを中高年男性が独占してきたという、男性優位社会における歴史があって、今までえらそうに振る舞ってふんぞり返ってきた“おじさん”たちに対して、石を投げてもいいだろうという感覚があるのだと感じます過去に中高年男性が特権的なポジションを独占してきたかどうかはともかく、「過去の男性がそうだった」ということを以て「現代のおじさんに石を投げてもいい」ということにはならない。更に言えば、「女性優遇」についても同じ。過去の女性が虐げられていたかどうかはともかく、「過去の女性がそうだった」ということを以て「現代の女性を優遇すべき」ということにはならない。
4、こうした問題発言に反発の声を上げる男性側に対し、往々にして議論の本筋と全く関係のない「男性の資質面(モテとか器の大きさとか)」に論点をすり替えた2次攻撃を浴びせる風潮にこそ男性差別の根深さを感じますし、男女平等を目指す現代社会において、女性は「女らしさ」から少しずつ着実に解放されていく一方、男性は甲斐性や器の大きさといった「男らしさ」の呪縛から一向に解放されない、という非対称性が浮き彫りになっているのですよね。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/a24fddab226f598ba03959a168c9c9dcdfad5101,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]