日本集中治療医学会など4学会は、終末期医療の新たな指針案を公表しました。この指針は「救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関するガイドライン」として、意思決定の方法や緩和ケアの手順を明記しています。救急・集中治療の現場で、治療を尽くしても回復が難しい場合に、人工呼吸器などの治療を終了し、患者が望む穏やかな最期を実現できる環境を整えることが目的です。過去には医師が訴追されるなどの問題がありましたが、現行指針には終末期の定義がなく、法的責任の懸念が残っていたため、改善が求められています。今回の改訂案は、より具体的な範囲と緩和ケアの手順を提供し、3月27日までパブリックコメントを実施した後、正式にまとめられる予定です。

終末期医療の現場は複雑で辛辣な問題を抱えています。1990年代から続く医師の訴追事件は、制度の欠陥を強く浮き彫りにしました。
厚生労働省の指針には不明瞭な点が多く、特に終末期の定義が不十分であることが大きな問題です。現場の医師や患者にとって、法的な不安が払拭されない制約ある状況で医療を提供することは不公平です。今回の改訂案が示すように、「望まない苦痛が伴う治療が続けられる」状況を改善するには、明確な終末期の定義が不可欠です。解決策として、終末期の状態を具体的に定義し、医療スタッフに対する法的保護を強化することが求められます。また、患者の希望に基づくケアを提供しやすくする教育制度の整備も重要です。患者が望む最期を尊重することは、医療の基本的な価値観に直結し、改善された制度が早急に導入されることを強く求めます。
ネットからのコメント
1、バイク事故で植物状態となった若い男性を担当したことがある。懸命のリハビリ、奥様の献身的な介護の甲斐もあって少しずつ言葉が出始めらようになった。初めて私がハッキリと聞き取れた言葉が「殺してくれ」だった。その後も繰り返しそう嘆願する彼は数ヶ月のちに力尽きたかのように旅立たれた。現代医療技術や手厚い看護体制で事故から半年も延命された彼が抱えていた想いがその言葉に込められていたのかと思うと、終末期医療のあり方を考えさせられる。
2、終末期医療の議論は、いつも「延命か中止か」という二択になりがちですが、本質はそこではない気がします。本当の問題は、「治療をやめること」ではなく、「やめた後をどう支えるか」だったのではないでしょうか。これまで現場では、法的リスクへの不安から、・やめられない・最初から始めないという極端な選択が起きていた。それは医療者の問題というより、「社会としての合意」が曖昧だった結果だと思います。今回、緩和ケアの手順まで明記したことは大きい。治療の終了は“何もしない”ことではなく、“苦痛を減らす医療に切り替える”という選択だと明確にした。延命を否定する話ではない。むしろ「望まない苦しみを続けない」という尊厳の話。誰もが当事者になるテーマだからこそ、善悪ではなく、「どう支えるか」の議論が広がってほしいと思います。
3、妻を癌で亡くしたのは他でも書きましたが、抗がん剤の効果が視られず、打ち切りになった以降はなんとも言えないね敗北感で暫く日々を過ごしたのを覚えてます。抗がん剤で体力が落ち、激やせの妻をこれからどうやって支えるかが心配でした。
自宅でも段々衰えて来て、家では難しくなり、緩和病棟へ、そこから20日程で旅立ちました。痛み、苦しみがなく、最後が迎えれば一番いいと思います。
4、80歳以上の女性の知り合いは、心臓の血管が塞がっていたので、ICUでの緊急手術になりました。その結果、血管が流れるなったのですが、2ヶ月間もICUで寝たきりだったため、身体中に刺した管は抜けることがなく、寝たきりの状態になっています。今も、療養病院で寝たきりの状態です。本人にとっては、良いのか悪いのかわからないです。医者は、目の前の患者を助ける義務があるのでしょうが、ただ単に心臓が動いているだけでは、生きているとは言えないのではないでしょうか?。ただ、誰もが善意で動いており、目の前の命を救おうと一生懸命だったため、誰も悪くないのですが、このような結果になりました。私自身は、元気なうちに、どこまで手術をしてほしいのかを意思表明をしておき、周りに明示する必要があるなと感じています。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/34cd9405750bd7031371c8573ceebabbc6f248cb,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]