高市早苗首相は、米国によるベネズエラ攻撃に関して直接の見解を示さず、代わりにベネズエラでの民主主義回復と情勢安定化のための外交努力を促す姿勢をX(旧ツイッター)で投稿しました。日本政府はこれまでベネズエラの民主主義回復の重要性を訴えてきたとし、G7各国と連携し邦人保護に努める考えを示しました。しかし、攻撃の正当性については触れず、野党はこれを批判。立憲民主党の野田佳彦代表は、攻撃が国連憲章や国際法に照らし正当性に疑問があるとして、遺憾の意を表明しました。首相が事前にトランプ大統領と電話会談したことも疑問視されています。

米国によるベネズエラ攻撃に関する日本政府の態度は、非常に問題の多いものであると言えます。攻撃に関する直接的な是非には触れないという首相の選択は、国際的な法と倫理に対する日本の姿勢の弱さを露呈しています。
民主主義の回復を訴えながらも、攻撃の正当性に関して言及を避ける方針は、明確に矛盾といえるでしょう。まず、国際法と国連憲章に基づいた正当性を問い直すことが必須で、外交的圧力や国際社会との対話、国会などでの徹底的な議論が求められます。さらに、日本国内での国民が納得できる透明な情報提供も欠かせません。これらが無ければ、民主主義の回復を謳う発言も非常に空虚なものと化します。日本が国際社会での信頼と価値を再確認するには、曖昧さを排し、固い倫理観と法に基づいた行動が必要不可欠です。
ネットからのコメント
1、今回の高市首相の発言は、言葉としては「民主主義」「法の支配」を掲げながら、米国による軍事攻撃そのものの是非から意図的に距離を取ったものだ。これは中立ではなく、判断を回避する姿勢に近い。国際法を無視し、他国の政権を力で排除し、国家運営まで自称するアメリカの行為は、内容以前に民主主義そのものの否定ではないのか。国際法との整合性に触れなかったことで、日本が原則ではなく同盟国への配慮を優先している印象を一層強めている。
一方、野田氏の「国連憲章上、正当性に疑問」という指摘は、本来政権側が示すべき最低限の視点でもあった。日本は同盟国なのか?それともただの従属国なのか?価値を語るなら、行為を検証する責任から逃れてはならない。今回の発言は、高市外交が主体的判断を失いつつあることを静かに露呈させた。
2、「力による現状変更」が軍事大国によって実行することが当たり前になってきた今、日本はいったいどんな国のポジションを取ろうとしているのかわからない。確かにアメリカの軍事的庇護がないと中国、ロシアに飲み込まれる弱い立場。でも、そのアメリカが国際法違反を疑われる強硬手段を正当化しようとしている。日本は本当にそれに追随していくことが未来に繋がることなのか?難しい時代になった
3、二律背反の難しい立場。肯定すれば国際法よりも自国の利益を優先する中国、ロシアも間接的に肯定することになる。否定すれば米国から突き放される恐れがある。とりわけ現在の日中関係において日米関係は友好的でなくてはならない。今後米国に「踏み絵」を強いられるかもしれない。
キレイごとの世界では国際法に則って判断すべきですが、世界はそんなに美しくない。
4、米国に頼らない安全保障体制となる核保有論にもつながるのかな少し違った見方である程度このような日本政府の対応は想像できた。本来であればさすがにアメリカ政府のこの行動は看過できないと思うが、日本はどうしても表立って批判することはできないだろう。下手すれば日米安保体制にもひびが入ることもトランプ大統領の性格からしたら実際にありそうだから怖いところもある。となると、日本も長期的にアメリカに頼らない軍事的自立を目指さなければならない中で核保有論も選択肢として出てくるのかもしれない。将来的に中国系アメリカ人がアメリカ大統領になる可能性もあるわけで、中国の軍事行動を容認する大統領だって出てくるかもしれない。そうなると日本は梯子を外される可能性もある中で通常兵器だけでは日本は守れない。となると核というキーワードも選択肢として今後さらに多く出てくるのかもしれないね。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/5bccfb230a316273b37189e8082f8f69d8c782d6,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]