全国に約7万7000の寺院がある中、そのうち約2万カ寺が住職不在の「無住寺院」となっており、宗教活動を停止した寺院が加速度的に増加しています。これにより、お墓の管理や供養が困難になりつつあり、先祖の墓がどのように影響を受けるかに不安を抱える人が増えていることが報じられました。福岡県の男性が出身地の熊本の寺院での墓じまいの経験を語り、寺院の衰退の原因が文化庁の調査で明らかになっています。これには、人口減少や都市への集中、檀家数の減少が影響しており、寺院の経営難による廃寺が進んでいます。

寺院の減少と住職の不在がもたらす問題は、単に個人的な喪失に留まらない重大な社会課題を示しています。無住寺院の増加により、寺院が持つ文化的・宗教的役割が失われつつあること、そして檀家の減少が寺院経営を困難にしていることは明白です。この状況を解決するには、まずは寺院の経営支援策を政府が具現化し、地域社会のサポートを強化する必要があります。
加えて、寺院と檀家の関係を再構築し、新たな費用体系や支援制度を導入することで持続可能な形に改善することが不可欠です。さらに、世代を超えて寺院文化を維持するための教育プログラムも重要です。この問題を放置することは、伝統文化の衰退と日本文化の消滅につながりかねず、早急な対応が求められます。






ネットからのコメント
1、自分の家では父が長男だったので親戚一同を集めて「墓じまい・仏壇じまいをする」という事で説明して了承を得てくれた。親戚たちもみんな大賛成ということで無事墓じまいも終わりました。その際に父は「俺や母ちゃんの時も直葬の焼き切りでいいから」と言い「いなくなる人間に金を使うなら、これから先の長い孫たちにお金を使え」と。「もし思う気持ちがあるなら年に1回でも親戚で集まって写真でも見ながら思い出話にでもしてくれたらうれしい」という事だった。お墓や仏壇がよりどころになる人もいるかと思うけど、自分は父の思いを受け継ぎたいなと思ってる。
2、墓の問題について考えると、人が亡くなったあとに故人の遺骨を参拝するという習慣は、そろそろ変革の時期を迎えているのではないでしょうか。実際のところ、お墓の中に故人そのものがいるわけではありません。亡くなってからお墓に多くのお金をかけるよりも、生きているうちに思いやりをもって接するほうが、どれほど良い結果を生むでしょう。今回の問題は、お墓の在り方について改めて考え直す良いきっかけになるのではないでしょうか。
3、先日母が亡くなりましたが、無宗教ということでお通夜も無ければお坊さんを呼んで御経を上げることもありませんでした。葬儀も自宅で家族葬をしたので、自宅からそのまま火葬場に行きました。生前から母が無宗教で樹木葬を希望していたのでその形に沿ったものです。仏教ではないから四十九日もないので、あとは時間が経ってから樹木葬を行うのみです。火葬場で足を組んでスマホいじってるお坊さんを見たら、なんの関わりもないお坊さんに御経を上げてもらわなくて良かったと思いました。普段からお寺と関わりがないなら、お葬式だけお寺を呼ぶ必要はないのでは。
4、近くのお寺に檀家としているが葬式などの読経や戒名だけで中くらいの国産車が買えるくらい要求してくる。お墓の管理費なども周囲の寺と比べてもかなりの高額地元では高いで有名なお寺中にはお寺には内緒で市営霊園に別にお墓作って葬式した事すら内緒にしている方もいるらしいですお寺が廃れているのではなく檀家の方が生活が苦しくて仕方なくもあるとは思います。立派なお寺など建てられても檀家の負担が増えるだけそんなに頻繁に利用するわけではないからお寺の関係者の方々も世情を踏まえて思案しなければいずれ無くなると思います。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/1f6784c1e0885e6238f34ce297d54c60783ab244,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]