ロイター通信が覆面アーティスト「バンクシー」の正体を特定したと報じました。同通信は13日、「バンクシーを探して」と題したリポートを公開。特定は2000年9月、ニューヨークでの逮捕時に提出された署名付きの供述書などを基に行われたといいます。報道では、バンクシーが50代のイギリス人男性であるとされていますが、詳細な身元情報は明らかにされていません。一方、バンクシーの弁護士はこの報道に対し、「プライバシーの侵害であり、創作活動の妨害に当たる」として批判し、掲載の取り下げを要求しました。ロイター通信は「社会的関心の高さ」を理由に報道の正当性を強調しています。この件を巡り、アーティストの匿名性と報道の倫理が議論を呼んでいます。

ロイター通信による今回の報道は、ジャーナリズムの倫理と表現の自由のバランスを歪めるものです。まず、バンクシーが覆面で活動する理由は、創作活動を守るためであり、作品の意義を一層高める要素でもあります。
その匿名性が崩されることで、彼の活動理念が著しく損なわれる危険性があります。
本質的な問題は二つあります。第一に、著名人であればプライバシーを侵害してもよいという論理が、報道の名のもとに行われたこと。その背景には、スクープ優先主義と利益重視の報道姿勢が透けて見えます。第二に、社会的関心の高さを主張しつつ、匿名性とプライバシーを望む声を形だけ考慮した「建前の配慮」が見受けられることです。これでは、「知る権利」よりも「公衆の好奇心」に屈したと見なされても仕方ありません。
このような状況を防ぐためには、第一に匿名性やプライバシーに関する報道ガイドラインの厳格な策定と遵守が必要です。第二に、報道機関は情報の公益性を明確に説明できる基準を持つべきです。第三に、独自情報の公開前に、情報が当事者に与える影響についての慎重な議論を行う場の設置が求められます。
芸術とは既存のルールや権力構造に挑み、私たちの価値観を刺激するものです。その芸術家に対する不必要な干渉や過剰な晒しは、創作文化そのものを危機にさらすものです。
この一件が示すのは、真に価値ある報道とは何かを問う必要性です。
ネットからのコメント
1、ニューヨークで広告看板に落書きをしたとして逮捕された際の捜査資料や裁判記録を入手この時点で、当然ながら「知っている人は知っている」存在だったはず。それ以前にも、実際に描くシーンが一部で目撃されたいたりしたしね。となると、「謎の人物」に周囲が仕立て上げていた面も強く、それを今さら暴くことにどういう意味があるのか?という気がする。正体は確かに若干気にはなるけど、判明したと言ってどうなんだ、というレベルの話じゃないかな。
2、たとえ社会への抗議などのメッセージが込められていたとしても、落書きは器物損壊罪」や「軽犯罪法」の一種であり、やはりメッセージの発し方には、まだ他に正当な方法がいくつもあるように思う。ともかく、正体が知られてしまったら、今までの高額な価値はダダ下がりではないだろうか?
3、公共物や会社所有物に落書という犯罪をしたのだから被害を受けた国の捜査組織は特定しているはず。世界中を移動していたのだからスポンサーだっているはず。
落書きにより利益になったりメリットのほうが多いから許されていただけ。単純に落書きと考えたら国を跨いで犯罪を繰り返していたのだから名前を公開されても仕方ない。匿名でいたいなら許可を得てそういう契約をして描くべき。
4、そもそも法律に例外を作っちゃいけないでしょうよ。感情抜きで。同じことをしてバンクシーが許されるなんてことは法治国家ではやってはいけないことだから、しっかりと裁いてほしいと思う。ただ、身元を公表するかというのは別な問題。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/f821b25ae7964d1a1f93f8b1e97a145ea3e7eec5,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]