日本では包括的性教育の実施が一部に留まり、国際標準と比べて大きく遅れている。昨年11月、東京都内の公立中学校で外部講師による性教育授業が行われた。内容は生殖、避妊法、性的同意、性の多様性、人権など多岐に渡り、生徒や保護者、教員から高い評価を得た。しかし、「寝た子を起こす」などの偏見や政治的介入により、性教育内容が制限される事態が続いている。学習指導要領には「歯止め規定」として性教育を制約する記載があり、日本政府は包括的性教育を全面導入しない姿勢を示している。この現状に、専門家や教育現場、保護者の間では不満が高まっており、多くが教育内容の拡充を求めている。

包括的性教育が日本で進まない現状は憂慮すべき異常事態です。改めて、日本の性教育が他国と比較してどれほど置き去りにされているかを目の当たりにしました。
性教育は単なる知識の提供ではなく、人権教育であり、児童や生徒が自分や他人を尊重し、性犯罪や望まない妊娠から身を守れる社会を形成する基礎です。にもかかわらず「歯止め規定」や特定イデオロギーの影響、政治的な無関心によって、その重要性が軽視されているのは看過できません。

この問題の本質は、無知が助長する社会的コストの高さと、教育機関が地域や保護者の圧力に左右される制度構造にあります。日本の教育は均等に学ぶ権利を保障すべきで、特に科学的根拠に基づく性教育を浸透させることは急務です。まず、学習指導要領の「歯止め規定」を撤廃し、包括的性教育を段階的に実施すべきです。また、国際機関との足並みを揃えた教育ガイドラインを整備し、現場の支援に力を入れるべきです。そして、偏見に対し教育の意義を社会全体で啓蒙し、性教育をタブー視しない環境作りが必要です。

日本が「安全で平等な社会」を目指すなら、これ以上この問題を棚上げにする余裕はありません。他国が進む中、日本が足踏みする現状こそ、未来を生きる世代への無責任な態度と言えるでしょう。迅速な行動こそが求められています。






ネットからのコメント
1、昔から性教育は、寝た子を起こすなとも言われますが、実際は子どもたちがネットで変な情報に触れる前に、学校で正しい知識を教えてあげるほうが安心だと思います。政治や指導要領で止めるより、もっと現場や保護者の声を反映してほしいです。保護者の85%が包括的性教育に賛成しているのに、国が現状でも可能と言い続けるのも、正直、どうかと思います。現場の声をもっとよく聞いて、子どもたちが安心して学べるようにしてほしいです。
2、教師にこれ以上の負担を求めるのも難しいでしょうから、このように外部から医師に来てもらって、出張授業のような形で行うのが理想的だと思います。親世代ですら、保健体育の授業レベルのことすら理解していない人も多いですし、フィクションで描かれる男女関係などから、とんでもない誤解や思い込みをしている人もいます。家庭の宗教や本人の主義主張で拒否したい場合は、別室で自習をしてもらい、資料だけは渡す、と言う形でいいのでは。
3、教育は「早すぎる」のではなく「遅すぎる」ことの方が問題ではないか。ネットで断片的な情報に触れる前に、正確で科学的な知識と人権の視点を学ぶことはむしろ必要だと思う。妊娠や性感染症の予防だけでなく、同意や相手を尊重することを教えるのは、加害も被害も防ぐための教育でもある。地域や家庭の考え方で知る権利に差が出る状況は見直すべきではないか。
4、性教育を「必要」とする側は、ネット時代に誤情報が広がる中で、同意や境界線、被害予防を学校で補うべきだと主張します。ただし内容や時期を誤れば価値観の押し付けと受け取られ、反発を招く危険があります。
一方「不要」とする側は、家庭の役割や早すぎる教育への懸念を挙げますが、何も教えないことで情報格差や被害リスクが広がる可能性もあります。落としどころは、年齢に応じた段階設計と透明な教材公開、家庭との役割分担、効果検証の徹底。賛否で分断するより、何を・いつ・どこまで教えるかを具体的に議論すべきだと思います。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/3c102145d0c466dc49edf2366ea4d912a47310de,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]