映画監督、長谷川和彦さんが1月31日午後、誤嚥性肺炎による多臓器不全で都内病院にて死去しました。享年80歳。広島県出身の長谷川さんは、1976年に「青春の殺人者」で監督デビューし、1979年には「太陽を盗んだ男」でカリスマ的な人気を獲得。数々の映画賞を受賞後、3作目を制作するには至らず、映画作りへの情熱を抱き続けました。生前は20年以上闘病生活を送り、肺がんやパーキンソン病を患いながらも意識はしっかりしていたと、パートナーである室井滋さんが語りました。「最後までもう1本撮りたかった」という強い望みを胸に閉じた長谷川さん。葬儀は近親者のみで行われ、室井さんや6匹の愛猫たちとの絆が偲ばれました。

彼の最後の人生は個人の喪失や悲しみに寄り添うべき内容が中心ですので、以下は温かみのある安慰型のコメントです。
長谷川和彦監督の訃報に深い悲しみを覚えます。
「太陽を盗んだ男」の大胆な映像表現は、その後の映画界に大きな影響を与えたものであり、長谷川さんの功績が消えることはありません。しかし、多年にわたる闘病生活を送る中での彼の映画への情熱を思えば、その未完の想いにはやるせない無念さが感じられます。それでも生涯を通して映画を愛し続けたその姿勢には尊敬の念を抱かずにはいられません。
室井滋さんの偲ぶ言葉にも示されているように、人生には「もしも」が溢れるものです。それでも長谷川監督は多くの人々に触れる作品を遺しました。その功績をともに讃え、彼が愛した映画の世界に感謝を送り続けていきましょう。
ネットからのコメント
1、太陽を盗んだ男、以降の作品がなかったのですね。良い映画でしたからその後の映画なら資金的にも撮れたはずなんですけどね。完璧主義だったのでしょうか。どちらが良い悪いでは有りませんが、映画に限らず作詞作曲や文学でも商業主義的にどんどん作品を出す人もいれば自身が納得出来ないものは頑なに出さないという芸術主義の人もいますね。ご冥福をお祈りします。
2、長谷川和彦監督と室井滋さんの関係に憧れがありました。私は一世代下になりますが、映画を撮ることに天賦の才を持った男性と、豊かな感性で映像や文筆で活躍される女性。本当にお似合いのお二人でした。
3、『太陽を盗んだ男』は、1979年10月6日に公開された映画で、沢田研二さんが主演され、長谷川和彦さんが監督を務めました。若い頃だったので、「ジュリーが変わった映画に出てるな」と言う印象でした。原子力発電所からプルトニウムを盗み出し、自宅で原子爆弾を製造した中学校の理科教師・城戸誠(沢田研二さん)が、その原爆を武器に国家を脅迫するという物語です。緻密なプロットとエネルギッシュな演出が特徴で、公開から時が経った現在もカルト的な人気を誇る異色作として知られています。「もう一本撮りたい」と言う意欲がありながら、病と闘っていたのでしょう。それでも、パートナーに支えられて、幸せな最期かもしれません。ご冥福をお祈りします。
4、長谷川和彦と室井滋の事実婚は有名だったと思うけど。案外知られてなかったんですね。
もう30年以上一緒にいたと思います。室井滋さんは一人娘で富山県にある旧家を継いでるし、お互いこれでいいと思って最期まで一緒だったんでしょう。太陽を盗んた男は伝説の日本映画の一つですよね。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/e4b812089987fb71fcbfa5a7afecdbc8468fb865,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]