事件概要:
ミラノ・コルティナ冬季五輪スケルトン男子に出場したウクライナ代表のウラジスラフ・ヘラスケビッチ選手が、ロシアの攻撃で亡くなった母国の選手たちの顔を描いたヘルメットを使用したことで失格となった。この行為についてIOCは規則違反と判断したが、ウクライナのゼレンスキー大統領は「戦死者への敬意と追悼の意を示すものであり、規則違反ではない」と主張し、IOCの決定を批判。同選手の行動を称賛し、彼へ勲章を授与する意向を示した。この問題は五輪精神と表現の自由の間に議論を引き起こしている。

コメント:
IOCがウクライナ選手のヘルメット使用を規則違反とし失格とした決定は、スポーツの本質を問う深刻な問題を浮き彫りにしています。
本来、五輪は「戦争を止める」という理念が根幹にあるはずです。しかし、この対応はその理念を完全に裏切る行為と言えます。選手の行動は戦死者への追悼と平和への念願を込めたものであり、政治的パフォーマンスではなく、むしろ真の五輪精神の具体例です。IOCがこの行為を「違反」とした背景には、過度な規則の機械的運用と、国際的なバランスを取るための過剰な警戒心があると考えられます。それは結果的に、「平等」や「フェアネス」という標榜を覆い隠してしまいます。今後の対策として、(1)表現の自由を尊重しながら柔軟な規定運用を導入する、(2)明確な規定改訂案を議論する、(3)平和や共感を表す行動に対する罰則を廃止する、などが提案されます。五輪が再び「平和と調和」の象徴となるには、足元の理念の再確認が必要不可欠です。それがなければ、五輪そのものが形骸化に向かう危険性があります。
ネットからのコメント
1、どちらの気持ちもわかる説得に当たった人も泣いていたそうだし情とルールを守ることは別の話しかし、フィギュアの日本人選手の演技の際に中国のチームが全員離席したことなどは不問なんだよねなんらかの政治的なメッセージを込めた動きをした選手がいたのは今回が初めてではない、他の五輪大会でもあったルールや判定の基準をこの際もっと明確にしてはどうか
2、ウクライナの人々の気持ちをわかってあげる人が増えて欲しい。自分の国が攻撃され多くの人が犠牲になっているのに世界中の人々は祭典を楽しんでいる。例えば日本が北海道を某国に攻撃され占領され、市民や自衛隊の人々が何万人も殺されたら、失格と知りながらも祭典でウクライナの選手と同じことをして、今も戦場で国のために戦う同士や、犠牲になった人々に「私たちは負けないぞ」という気概と団結を訴えないだろうか。
3、IOCとしても、気持ちは分かるがルールとして失格せざるを得なかったというところでしょう。ゼレンスキー大統領としても選手のやったことを否定するわけもないからこういう形になる。失格にはなったけど、大きなニュースにはなり取り上げられたから全く無駄になったということではないと思いたい
4、五輪は本来、政治や戦争から切り離された場だ。どんな理由があろうと、競技の場に政治的主張を持ち込むのはルール違反であり、規則を曲げれば五輪の公平性が失われる。もしこれを認めるなら、世界中の紛争当事国が同じことを始めるだろう。
IOCの判断は一貫性を保つために必要なものだった。五輪を主張の舞台に変えてしまう行為は支持できない。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/de9f009ef00afad3461e5cd9ae97222a9f3162b7,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]