筑波大学の教員がSNS上で外国人留学生に対する差別的な発言を行い、大学側が公式サイトで謝罪する事態となりました。教員は「日本の大学に来る外国人は、だいたい能力が低く、トラブルメーカーが多い」と投稿し、別の教員もタイの政治情勢について不適切な内容を発信。これに対し大学は「差別的表現」と認め、SNS利用ガイドライン違反の可能性も含めて調査を進めています。結果として、多くの人々が不快な思いを抱き、大学のイメージ悪化も懸念されています。

この事件は、教育機関としての義務と信頼が問われる深刻な問題です。教員の発言は、差別を助長する内容であるだけでなく、多文化共生を掲げる教育現場の理念を裏切る行為です。このような発言が横行する現状は、日本の教育機関が多様性を尊重する人材を育成する土壌を欠いていることを浮き彫りにしています。
問題の本質は、制度的な監視体制や教育者としての意識欠如にあります。
SNS運用のガイドラインが存在するにもかかわらず、教員個人の認識や発言の自由が制御されていないことが根本的な原因です。また、大学内部での倫理教育の不足も背景に挙げられます。
解決策としては、まず①全教員への多文化理解やSNSリテラシーに関する研修の義務化、②発言者個人だけでなく組織としての責任を明確化するルールの強化、③専門家や留学生を含めた監査チームの設置が必要です。さらには、発言がもたらした影響に対応する具体的な行動──例えば、留学生への謝罪と信頼回復のための公開ディスカッションなど──も欠かせません。
教育の場が差別の場となることは許されません。我々が求めるべき教師像とは、人を導き、多様性の中で互いに成長できる関係を築く存在です。その価値観を守るため、大学全体が真剣に取り組む姿勢を示さなければなりません。
ネットからのコメント
1、統計的な処理をすればこの教員がいっているような結果になる。例えば論文のインパクトファクタを数値処理するなど新規教員採用の際には大学教員はこれらの数値処理をした結果採用している。
この経験がある教員であれば、アメリカの大学で採用される教員候補と日本に来る外国人教員候補では雲泥の差がでることはアメリカの大学で勤務した経験があれば誰でも認識できる。研究者としてはこれらの数値を示すべきである。
2、教員の言っている事は事実だと思う。外国人生徒を安直な制度で入学させ、優遇させ過ぎてきた結果だ。とあるルポで「高校卒レベルの程度があれば日本上位大学の入学を可能とさせている」とあった。そのような制度で入学させ続ける事で日本全体の質が落ちるばかりか日本が乗っ取られてしまう事が怖すぎる。
3、本当にこれは外国人差別なのだろうか?大学教員がここまで言うのだから、発言を支える事実関係があるはず。そこに蓋をしたままで大学側が一方的に謝罪すると言うことの方が不適切なんじゃないかと思う。
4、筑波大は教える側も教わる側も歴史的に気合いが入っている感じがします。以前、筑波大の社会人向け大学院に興味があって資料を取り寄せたり説明会に行ったりしましたが、かなり気合いが入っていましたよ。それに昔筑波大の知り合いのところに一晩くらい泊めてもらっていろいろと学生生活を聞いたら、当時は世間から隔絶されたようなところにキャンパスがあって、自然と勉強しかなくなるとのことでした。
筑波大教員が嘆くのも、気合いが入った教員だからこそのような気もしますけどね。「言ってはいけない」真実もありますが、制限しすぎは言葉狩りとも呼ばれますよね。それでも不適切発言で投獄されて自由を奪われない日本はありがたい。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/7f4d6152e9477caf5d1f6876e7466141a975ee22,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]