東日本大震災から間もなく15年。岩手の地方紙「岩手日報」による「最後だとわかっていたなら」というキャンペーンが教育現場に広がり、心理的防災と防災意識の向上に寄与しています。この詩は大切な人との別れを悔いる内容であり、震災で家族を失った男性の後悔の言葉と共に紹介されています。授業では震災の事実や背景を学びつつ、動画を視聴した生徒が涙ながらに感想を語り、家族や友人に手紙を書くことで「ありがとう」「ごめんなさい」を伝える機会を得ています。こうした活動を通じ、震災の風化を防ぎ、思いやりの心や備える重要性を子どもたちに伝えています。

震災から年月が経過し、記憶の風化が懸念される一方、今回のキャンペーンはその防止と未来に向けた意識形成に大きく貢献しています。この取り組みは痛みを抱える被災者だけでなく、生まれていない世代にも震災のリアルを感じさせます。
動画にある「後悔」や「伝えたい思い」は、災害の悲劇を人々が自分事として捉える契機となりました。

悲しい過去と真摯に向き合いながらも、そこから新しい価値を見出す行動は尊いものです。この授業や詩は、直接的な防災教育以上の効果を持つことを示しており、「備える心」も自然と形成されるような取り組みが広がることで、社会の支え合いや温かさが日常に根付くと期待されます。それを未来の世代が引き継ぐことで、より災害に強く優しい社会構築へと進むべきです。この活動には、継続とさらなる推進が必要であり、地方紙や教育現場が持つ力を再評価すべきでしょう。








ネットからのコメント
1、私の夫は震災ではないですが、くも膜下出血である日突然倒れてそのまま意識が戻ることなく逝きました。子供たちは小中学生で、最期の言葉もなく、ありがとうもごめんねもなにも伝えられないまま、父親を亡くしてしまいました。もう少し大人になり、父親の優しさや愛情に気づく時が来ても、感謝の気持ちを伝える機会も、一生失ってしまったこの子達は、失う前に気づけて幸せですね。とても良い授業だと思います。
2、あなたたちは僕の宝物です」と書かれていた。「お前が言うなよ」には1人の親として可愛らしくて笑ってしまいましたが、とてもいい授業ですね、うちの子供たちもぜひ受けてほしい授業だと思います。阪神淡路を大阪で、東日本の際は東京にいましたが、家族を亡くされた方々には多くの後悔があることだろうと思います。災害だけでなく事故や事件などで急に家族を亡くされた方もきっとそうではないだろうかと想像します。
起きてしまったことはどうにもならないことですが、子供たちが思うように、毎日家族のために出来ることをして、備えて、後悔することがないようにしたいですね。
3、職場の先輩から昔、家を出る時は家族にちゃんと挨拶した方がいいと言われた事があります。喧嘩した状態で家族を送り出し、その家族がそのまま帰らぬ人になってしまった人を知っているからと言ってました。どんな状態でも大切な人を亡くすと後悔ばかりが頭に浮かんだりするものですが、きっとその後悔が何十倍、何百倍にも膨れ上がってしまうんだと思います。寝てる間に脳や心臓の病気で亡くなる人も多いし、挨拶って大切なんですよね。イラッとしてても、ドアをバタンと閉めて家を出てしまう、やりがちだけど気をつけないとな。
4、震災教育とありますが…震災を超えて、全国で広まってほしい「命の授業」ですよね。私もまだ社会人なりたての頃、父をがんで亡くしました。まだ50代でした。お給料をためて旅行へ連れて行ってあげたかった、一緒に美味しい物を食べに行きたかった、孫を見せてあげたかった…すべて叶いませんでした。
健康で明日が来ることは当たり前ではありません。日々後悔なく生きて素直な気持ちを相手に伝えることは大切な事です。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/97ca65976afec8b2cbe1e1a57d11dadc5c104459,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]