宮城県女川町に住む高松康雄さんは、2011年の東日本大震災で行方不明となった妻・祐子さんを探すため、潜水士の資格を取得し捜索を続けています。震災の日、妻は職場の銀行で津波に巻き込まれ、携帯電話が一ヶ月後に発見されました。「帰りたい」という祐子さんのメッセージに応えようと、康雄さんは750回以上海に潜り続け、潜水中に感じる妻の存在を信じています。彼は最後の瞬間を迎えても前向きに希望を持ち、必ず妻を見つけ出す決意を持ち続けています。

人の心を深く打つ、高松康雄さんの物語に触れた多くの人々が、彼の苦しみや努力に深く共感しています。最愛の人を失った悲しみは計り知れませんが、彼が捜索を通じて示す強い愛と希望は、多くの人々に感動を与えています。「帰りたい」という妻の最後のメッセージに対する彼の決意は、一途でひたむきな姿勢を感じさせます。
辛い現実の中でも希望を失わず、少しでも前進しようとするその姿勢には、私たちも学ぶべきことが多いでしょう。彼の体験は、愛する人を尊ぶ気持ちや、大切な人との時間を心から大切にする意義を再認識させてくれます。前を向く力を分け与える彼の姿勢に、いつか彼の心が報われる時が訪れることを心から願わずにはいられません。















ネットからのコメント
1、今年も東日本大震災についていくつもの記事に接している。行方不明者もいまだに多く残っている中、いまだに家族が近海にいるかもしれない、と考えてダイヴァー免許をとってまで自力で探す人も多いと知った。今はどこを漂っているのか分からない中、警察や専門家の力を借りず、自力だけでダイヴを続ける姿勢は大きなものだ。家族を見つけるにはいつやってくるか分からず、費用もかかる警察や専門家ではなく、自力しかないのか。そういう重さも伝える。
2、〉祐子さんを自らの手で探そうと、潜水士の国家資格を目指したのですものすごく努力家なんだろうな仕事に対しても熱心なんだろうなと思う海は半端なく広いし、まだ2500人以上の方々が行方不明なので祐子さんを探し出すのは至難の業だろうなもう何百キロも流されている可能性あるしでも骨の一部だけでも見つけられ、身元わかったなら、その遺族の方から感謝されると思う
3、震災後に岩手出身の部下が、GWに帰省してその時の写真を送ってくれました。1面何も無くなった土地ばかりや、道路の脇に積み上げられた瓦礫の山で衝撃的なものばかりでした。部下のご家族は無事だったのですが、同級生などに被害があり震災から10年くらい経ってからの地元の高校の同窓会に出席した時には、(この世から)いない人が沢山いたと、涙ながらに語り、震災の影響はこの記事の方と同じでまだまだ現在進行形で続いている現実なんだと思いました。戦争の記憶もそうですが、阪神大震災や東日本大震災、新潟や熊本の地震のことも風化させずに語り継いでいくものなんでしょうね。
4、この方の記事を見てから、何年も過ぎましたが、未だ奥様を見つけられずにいらしたのですね。15年は長過ぎます。あの大津波は高さ10メートルも有って大切な人達の命も残された方々の人生も奪ってしまって未だ幼い子供が孤児に成ったり、その子を引き取った叔父が金銭を搾取したり等の記事も有りました。自然災害には抗えないとは思いますが、残されて生き続けなければ成らない人達に少しでも笑顔が戻ればと願います。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/f10f21585f4f1a624fdad699b5147615900803cc,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]