阪神・淡路大震災は31年目を迎えました。この大災害では6434人が命を失い、3人が行方不明となっています。2026年1月17日、神戸市中央区の東遊園地では参加者が竹と紙で作られた灯籠に火をともして「1995 つむぐ 1・17」の文字を形作り、地震の発生時刻午前5時46分に黙祷を捧げました。同日には、西宮市の震災記念碑公園や淡路市の北淡震災記念公園でも追悼行事が行われ、被災地全体が深い祈りに包まれました。さらに、神戸市中央区のHAT神戸では、兵庫県主催の追悼行事が午前11時45分から開かれ、多くの人々が亡き人々への思いを新たにしました。

一つの地震が人生を一変させ、多くの人々にかけがえのない喪失感をもたらしました。この悲しい出来事を思い返す日には、被災された方々への深い理解と共感を抱きます。私自身、自然災害によって大きな悲しみを体験したことがあるため、その痛みがどれほど深いかを少しは感じ取ることができます。
大切なのは、過去の痛みを今に結びつけて共に立ち上がり、未来への一歩を踏み出すことです。前向きな気持ちを持つことは、亡き人々の思いを受け継ぎ、より良い未来を築く力になります。どうかその悲しみが少しでも和らぎ、心に安らぎを見つけていただけることを心から願っています。
ネットからのコメント
1、子供の頃、現地で被災しました。もう31年。街の変化とともに記憶も風化していくのでしょうか。震災のことを話す機会も減りました。少し前までは「神戸といえば地震」とも言わんばかりに出身地の話の後には地震の話が出たものですが、最近ではそうでもないですね。ただ、最近頻発する地震には自分の経験もあってか、目を背けたくなる思いがします。あの思いをしているのかと思えば、締め付けられるような思いがします。神戸は復興したというよりも、地震の影響もうけながら、変化を続けて、問題もありながら今に至ります。他地域の自然災害に被災された方々の生活が早く安定して安心、快適になるようにお祈りいたします。
2、何をどう頑張っても自然災害は無くなることはない。
なのでどう備えるかが重要だが、私たちは、この31年間にどう備えてきたのだろうと改めて思う。震災直後に一斉に見直され重視された町内会組織も、時間の経過とともに少しづつ緩み、震災前のように軽視され始め、最近は脱会なども目立ち始めた。町内会を辞める人やあまり参加しない人の気持ちも理解できないわけではないので、今の時代に合った防災・減災のあり方を見直していく時期かもしれない。
3、あれから31年も経ったのか。自分の誕生日があの日から「鎮魂」の日に変わった。あの朝の出来事は未だに忘れることはできない。けど、生き残った自分にはどんな事があっても生きる義務があると思ってます。あれからも3.11や能登、つい最近の青森、大きな地震は絶えることがない。そんな中、無駄と思う準備は常にしておきたいと思います。1日1日を本当に大切に過ごしたいですね。心から「合掌」
4、当時は工務店勤めで震災翌日から復旧工事に従事し受け持った宝塚方面は空襲でもあったのかと思わせる有様で地震の凄まじさを肌で感じました。 自宅まで3時間以上をかけて帰ってくると地元は普段と同じ、大げさに言うと違う国の出来事と思うほど。
その日から約半年は人生で一番働いたような気がします。 改めて亡くなられた方々のご冥福を祈ります。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/b9dc5722ef6e3056f97fef5baf871cca0f86bd88,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]