生まれつき骨の成長が抑えられる「軟骨無形成症」と闘うDAIKIさんは、自己の病気を知るまでの孤独と絶望を経験しました。母親が病気を教えなかったことで努力が無駄だと感じ、自暴自棄になった時期もありましたが、転機は親身になってくれる教師との出会いとダンスという新たな情熱でした。ダンスを通じ、障害に関わらず一人の人間として認められる喜びを知ったDAIKIさんは、同様にダンスを学べない障害の子どもたちに教える活動をし、障害者も楽しめる場を作る夢に励むようになりました。

DAIKIさんの経験は、多くの人が無意識に「見てはダメ」と視線を逸らすことで障害のある人とのコミュニケーションの壁を作ってしまっていることを教えてくれます。「どうして背が低いの?」と疑問を持ったときに直接聞くことで、対話が生まれ理解が深まる可能性があるのです。
社会の無意識的な気遣いが障害のある方々を孤立させている現状は変えなければならず、まずはお互いを知る努力をすることが必要です。DAIKIさんの言葉から、障害に関する誤った固定観念を打破し、一歩を踏み出すことが大切であるとわかります。対話を促す教育や、障害者が自然と関わりを持てる環境づくりに向けた社会の変革が求められます。
ネットからのコメント
1、今はコンプライアンスもあって見られなくなってしまったが、かつては「ミゼット・プロレス」もあった。小さくても鍛え上げていたプロレスラーだったから、会ってみたらオーラが凄かったよ。全女の会場で、立ち見のチケットを購入していたら、角掛留造サンに「もう少し金出せたら、最前列空いてるぞ」なんて声掛けられた。寧ろ凄まれた。その気迫、断われなかったよ。障碍を持っていても頑張っている方々、心よりご尊敬申し上げます。
2、純粋な子供の好奇の目は、時に無自覚に他人を傷つけるものです。親が子に障害を説明するのはとても難しい。どこか偏見や過剰な同情心が入ってしまう。
かと言って、障害者本人に面と向かって聞くことは、果たしていつも正しいとは限らない。障害者本人が障害をどこまで受け入れてるか分からないから。小さな頃から人を見かけや属性で判断しないことを教えるのが大事なのでしょう。
3、正直な話、外見でそれと分かってしまう方に対して、その様な困難を抱えいない自分がどう接すれば良いのか、これは本当に悩む所でどうしても身構えてしまう。この身構えが壁になるのだろう、とも分かってはいるのだが。DAIKIさんの様に一種の素直さを以て何故?と聞かれて構わない、という方ばかりではない→それで相手を傷付けてしまうのでは、と先回りして考えてしまうのだ。しかしそんな壁を相手の方から超えて来てくれ、と望むのも違うと感じるし。とは言え、DAIKIさんのように自ら発信して下さると、どういう関係性が互いに望ましいのか、その関係性の輪郭が明確になって来るように思う。今後のご活躍お祈りしています。
4、仕事やボランティアで難病支援に携わってきたが、様々な当事者アンケートで常に要望の最上位に来るのが「自分の障害・病気についての理解促進・啓蒙」。
気持ちはよくわかるが正直これほど難しいことは無い。(だからこそ常にアンケートで最上位になる)当事者にとっては長年自身が付き合ってる身近な障害・病気でも、当事者以外からすると世に数千種ある障害・難病の中の一つに過ぎない。自分の障害・難病を理解して欲しいと願う当事者自身でさえ、自分以外の障害や難病については無理解な人間の側になっている。一つひとつの障害・難病を全て啓蒙し理解促進をはかるのは不可能だから、「世の中には様々な障害・難病があってその受け止め方も当事者一人ひとり違う。これから学校や職場でそんな人と一緒になることが必ずあるから、特別視するのではなくその人がどんなことに困っているのか理解して寄り添える人になってね。」と我が子には話している。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/f3c53c6497c165be2cf8bbdfc306f304d1c442d8,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]