化学機械メーカー「大川原化工機」の冤罪事件では、元顧問の相嶋静夫さん(享年72)が2020年3月に外為法違反で逮捕・起訴されました。その後、胃がんが見つかりましたが、東京地検と地裁は保釈請求を8度退け、身体拘束を継続。2020年11月に一時勾留停止で病院に入院したものの、がんは末期で翌年2月に死亡。半年後、地検は起訴を取り消しました。遺族は「漫然とした身体拘束と保釈拒否」を違法とし損害賠償を求め提訴。問題の背景には「人質司法」が指摘されています。

この事件は一連の司法制度の欠陥を露わにしており、深く鋭い批判が必要です。
この事件は、司法が本来守るべき人権を軽視した、許し難い事例と言えます。相嶋さんは身体拘束中に命を落としましたが、8度の保釈請求は「罪証隠滅の恐れ」で却下され続けました。その結果、彼には公平な裁判も健康を守る権利も与えられませんでした。
国家権力による過度の身体拘束は近年問題視される「人質司法」の象徴です。
問題の本質は、「罪を認めない者に対する厳罰志向」「個別状況に応じた判断の欠如」、そして「司法官の説明責任の不在」です。権力者にとって都合のいい拘束がまかり通る制度設計では、冤罪被害者が絶えません。
これを防ぐ具体策として、①保釈要件の基準見直しと透明化、②身体拘束判断への第三者機関の関与、③保釈不許可時の理由文書化と説明責任の制度化が必要です。こうした改革がなければ、正義が失われ、人命が軽んじられる事態が続くでしょう。
司法とは何のために存在するのか、それを国民全体が考える必要があります。個々の平穏な生活を犠牲にする運用が許される時点で、国家そのものが「罪証隠滅」を問われるべきです。
ネットからのコメント
1、とてもいい訴訟だと思う。裁判官は憲法によって職権行使の独立が保障されており、「法律と良心」に従って判断した以上は、その判断が誤っていたとしても無答責であると考えられてきた。しかし、多くの裁判官がこのような手厚い身分保障の上に胡坐をかいているように思われる。
手厚い身分保障が裁判官の緊張感を失わせてきたとようにも思われる。裁判官の職権行使の独立も絶対ではなく、裁判官に与えられた裁量にも限界があるはずだという問題提起は非常に意義がある。とてもいい訴訟だと思う。
2、8回も保釈を求めて、全部退けられたまま末期がんで亡くなり、しかも後になって起訴そのものが取り消され、もしこの事件が冤罪だったとすれば、司法が命を奪ったも同然ではないでしょうか。任意捜査に協力していた方が、ここまで拘束され続ける理由があったのか、遺族が声を上げたのは当然だと思います。「人質司法」という言葉が、これほどリアルに感じる事件もありません。裁判所は、検察の主張をただ追認するのではなく、独立した機関として、本来の役割を果たしてほしいです。
3、これは遺族が声を上げて当然の訴訟だと思う。8回も保釈を求めて退けられた末に亡くなり、その後で起訴が取り消されるのでは、本人も家族もあまりに報われないですよ。これ、一番責任が重いのは単に捜査の誤りだけでなく、それを止める役割の司法までが機能しなかったことだと思う。
独立があるなら、その分だけそれぞれが責任も問われるべきだと感じますね。
4、現実問題、冤罪が立証されたとしても逮捕された時点で社会的に抹殺されてしまう。実際、障害者郵便制度悪用事件の様な検察のでっち上げの様な冤罪事件すら存在するし、実は表になっていないだけで、同様の冤罪事件が多数あったのではとも推測される。加えて、不当な冤罪のために長年刑務所で無実の刑に服している間に、本人が亡くなり、本人だけでなく家族や周囲の人生まで破綻してしまったケースもある。仮に冤罪が認められても、冤罪被害者の時間は戻ってこないため、捜査機関の責任は重大だし、ただ単に金銭補償だけで済まされてしまうのは大問題で、捜査関係者も何らかの処罰は必要だと思う。冤罪が発生しても、誰も責任をとらないから、いとも簡単に人の人生を台無しにする事案が発生するのだろうし、勿論、間違いは誰にでもあるが、間違ったら責任をとるということをしなければ、いつまでも冤罪はなくならない。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/8bd7eb516e54f68affe8618e078ca391e4b82c7d,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]