生まれつき顔に濃紺のあざ「太田母斑」を持つ女性、あざみさんは学生時代から見た目への悩みを抱えてきました。彼女は思春期に入りメイク技術を磨くことで、ほとんどあざが目立たない状態を実現。また、成人後にレーザー治療を開始し、あざの改善も進行しています。彼女が初めてあざを気にし始めたのは母親の言動がきっかけでした。若い頃から外見にまつわる周囲の反応、特に男性からの心ない言葉に苦しんだ経験を語っています。現在は、自身のメイク術や治療の進展をSNSで発信し、少しずつ自己肯定感を取り戻しつつあります。

心ない一言により傷つく経験を持つ彼女に、まず寄り添いたいと思います。他人から理解されにくい外見上の特徴を抱えながら生きることは、見えない負担を伴いますが、ご自身で歩むべき道を見つけ出された姿勢には敬意を抱きます。周囲の好奇の目から辛さを学ぶ一方、自身を否定せずメイクや治療を続ける姿勢は、誰もが参考にするべき強さです。
外見に悩む方へ、彼女の物語が生きる理由を再発見させるきっかけになると信じています。その道程に心の安らぎが訪れ続けることを願います。
ネットからのコメント
1、自分の大学の時の同級生の女の子にも太田母斑の子がいましたね。この方よりもう少し色は薄めで広範囲(メイクしてたので実際は分かりませんが)の印象で、この方と同じように白目もその影響か濁ってましたね。とても活発で明るい子でしたよ。当時は太田母斑を知らなくて、「顔色悪いけど、とても元気だからまあ大丈夫なんだろう。」くらいにしか思ってませんでした。彼女もレーザー治療を受けていたのか、徐々に目立たなくなっていきましたね。卒業式は一緒に写真を撮って、今も手元に残っています。コンパしてもらったり、無理難題を押し付けられたり、恋の相談を受けたり、とても懐かしいです。今は結婚して幸せに暮らしているみたいです。大学の同窓会なんてなかなか無いでしょうけど、あるならまた久しぶりに話してみたいですね。
2、私も生まれつき太田母斑がありました。心無い言葉をかけられる事も多々ありました。
反面、温かい人との出会いもあり、人を見る目も養われました。幼い時は母親も色々な治療を求めて遠くの大学病院にも通ったことを聞いています。35歳の時に形成外科でレーザー治療が出来ることを知り、30年の治療で現在はほぼアザが気にならない状況になっています。いい時代になったと思っています。
3、男の子ですが目の周りやおでこに広範囲に太田母斑がありました。赤ちゃんの頃レーザー治療するか迷っているうちにだんだん薄くなり治療は見送りました。 思春期に入ってまた目の周りの青痣だけが濃くなり始め、本人が気にし始めました。初対面の人から「目の周りどうしたの?」と聞かれる度に説明するのも苦痛なようです。なので受験が済んで落ち着いたらレーザー治療をする予定です。 プロ野球にいた稲葉選手は同じ痣を持つ子の励みになればと敢えて治療しない道を選ばれたそうですね。
4、自分も写真と同じ太田母斑です。自分も長いこと治療に踏み切れなかったのは、子供の頃にレーザー治療が発達していなかったこともありますが、どこかに〝自分は悪いことをしているわけでもなく、自分にとってはこれが普通なのになぜ人と違うからという理由で治療をしなければいけないのだろう〟という気持ちがあったからでした。
でも同時に、同級生達と同じように、綺麗な肌の顔だったらどんなに心が穏やかだっただろうという気持ちもありました。レーザー治療を決めたのは、たくさんの優しい友人達に会い、自分にアザがあっても無くても、優しい人達との関係は何も変わらないと心から思えたからです。激痛に耐え2年間で5回のレーザーを行い、かなり薄くなりましたが、要は巨大なシミなので年齢とともにまた濃くなってきています。また治療しようと考えていますが、それでも気持ちに余裕があるのは優しい周囲の人達のお陰です。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/bff428adcfe9799d51f6aad9b061ea0e0ee354f4,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]