1989年1月7日、「平成」という元号が発表され、令和となった現在もその考案者は公表されていないことが話題となっています。弁護士ドットコムが平成と令和の改元過程に関する文書を内閣府に開示請求したところ、文書の多くが黒塗り状態で提供されました。特に平成の元号案を考案した人物の名前や経歴が記された部分は完全に秘匿され、当時の文書でも「適当な時期に公表する必要がある」との答弁がありながら、結局撤回されていました。新元号選定は昭和天皇の崩御に関連して速やかに進められ、多くの関係者や専門家が手続きに関与していましたが、核心部分は依然不明のまま残されています。

元号選定という日本の歴史と文化に深く刻まれる出来事において、考案者の名前がいまだ伏せられ続けていることは異常です。一方で、これを正当化するために用いられる説明には、批評の余地が多々あります。
まず、氏名非公表の理由として「考案者の意思」と「煩雑な問題の回避」が挙げられていますが、日本国民に深く結びつく元号という公共性の高い制度において、市民に十分な情報が開示されない状態は、納得できるものではありません。さらに、制度に関与した個人の名の秘匿は、新元号選定プロセスそのものの透明性を損ない、民主主義的価値観に照らして行政の不信感を高める要因となります。

この問題を解決するためには、(1)歴史的資料として元号選定過程を再検証し、考案者を含む情報の公開を国としての責任で行う、(2)将来の元号選定について透明性と情報開示を徹底する新たな制度を構築する、(3)国民に議論の場を提供し、元号の意義やその在り方について理解を深める機会をつくる、の三点が不可欠です。

元号は単なる一つの言葉を超え、人々の時代観や歴史意識に大きな影響を与えます。それを決める過程が不透明であれば、元号が持つ共感や信頼そのものが損なわれかねません。元号の重みを再確認し、未来の世代へ正しい形でその歴史を残すための行動を国として取る責務があります。

ネットからのコメント
1、平成への改元から37年、失われた30年とも重なり、時代の節目として改めて考えさせられる元号です。昭和から平成に変わったあの日のことは今でも鮮明に覚えています。小渕さんが額縁を掲げた映像は歴史的な瞬間でした。今は令和ですが、平成は今でも好きな元号です。たとえ考案者が公表されなくても、「平成」と命名してくれた専門家の方々には、感謝しています。
2、平成という時代を振り返ると、華やかなイメージの裏で氷河期世代が生まれ、長く厳しい環境に置かれてきた現実は見過ごせません。
元号の由来や決定過程が今も伏せられている一方で、その時代に苦しんだ人たちの声もどこか置き去りにされてきたように感じます。本来「平らかに成る」という意味を持つ平成で、なぜここまで格差が広がったのか。氷河期世代をきちんと救うことこそ、平成という時代への責任の取り方として、むしろ前向きで素晴らしいことではないでしょうか。
3、懐かしいですね。昭和天皇が崩御されてからはテレビが一斉に追悼番組になり、スポーツイベントから何から全部自粛になって、街のレンタルビデオ店のビデオが本当にありとあらゆるタイトルが全部借りられているという今では考えられない状態になってましたね。ああ、もう昭和天皇の「あ、そう。」と一見素っ気ないけど素朴な返事を聞くことも無くなるんだなと思いましたね。個人的には改元の際の経緯や提案者を秘匿することに特段の意見はありませんが、昭和にしても平成にしても令和にしても、それぞれ思いのこもった元号で素敵だと思います。
4、開示請求が黒塗の海苔弁当と言うのは歴史の検証という意味でも民主主義の検証という意味でもあってはならないだが、今回の場合秘匿を条件に考案者を受けられた方も居られるのでその方の意向を無視し公表するのも問題が発生するならばルールとしてJFKの文章の様に関係者が全員旅立った後、50年程後に全面公開されると言うルールを設けるのが一番適正では無いだろうか?無論そのためには行政文書の保存ルールを統一し基本的には電子化し永久保存が望まれるが
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/0687290b2f34e3c4a5077163596e0a89392f05c2,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]