4月23日放送の『羽鳥慎一モーニングショー』では「静かな退職」をテーマにした議論中、コメンテーターの玉川徹氏と千葉商科大の常見陽平教授が意見を交わした。常見教授が話題とは無関係に、京都府南丹市で起きた男児遺体遺棄事件に関する報道姿勢を問い、玉川氏がそれを「不適切」として制止するやりとりが注目を集めた。事件は16日に父親が死体遺棄容疑で逮捕され、自供も行われた。しかし報道が過剰で遺族や地域住民への配慮に欠けるとの批判も強く、SNSでも討論が続いている。

この問題は、報道の意義と限界が問われる深刻な社会課題です。事件報道自体は視聴者に現実を伝え、再発防止を考える材料となるべきものですが、現在の姿勢には疑問が残ります。詳細を掘り下げる一方で、重要な本質に焦点を当てることが避けられているように見えるのです。
まず、報道内容が被害者や関係者を一層傷つけていないか慎重に検証すべきです。
次に、社会的影響を踏まえ、事件の予防策や家庭問題を掘り下げるような建設的な方向性を重視すべきです。そして、「視聴率重視」の姿勢から脱却し、倫理的かつ有意義なメディアの在り方を確立する必要があります。
報道は決して娯楽ではありません。それが人々の安全を守り、共通の価値観を築くために機能するものでなければ、視聴者は信頼を失うでしょう。今、メディアが根本からその使命と責任を問い直す瞬間が求められています。
ネットからのコメント
1、要はバランス感覚の問題と思う。京都の事件と「沖縄の船事故」の扱いが余りにもひどすぎる。特に沖縄の事故(=事件)はどの局も避けてる感じ(=を国民に与えすぎている)時に私見てき見解をするアナ~キャスターはこぞって?無言。これこそ問題にすべきことと思うが・・ついつい「きっと言えない?何かがあるんだろうな」と。でもこういう空気感の時こそ日頃、辛口のアナ、キャスターが大きく前面に出て欲しいと思うが如何でしょうか
2、容疑者がすでに逮捕されているのに、コメンテーターが30分も1時間も推理や意見を続けるのは、正直そこまで必要なのかなと感じてしまいます。
調査は本来、警察の仕事だと思うからです。ただ一方で、犯行の手口や動機、背景については、警察から発表があれば、簡潔でいいので進展に応じてきちんと報道してほしいとも思います。そうした情報は、警察としても一般市民に知ってほしい内容だと思いますし、私たちが今後の事件を未然に防ぐヒントになるかもしれません。だからこそ、報道が過剰になりすぎるのも違うし、逆に何も伝えず闇の中になってしまうのも違う。そのバランスが大事なんじゃないかなと思います。
3、当日の放送、観ていました。完全に報道の目的を外れているから、当該教授が指摘されたのだと思います。 モーニングショー等のバラエティー報道番組は朝から晩まで、毎日もう聞きたくない、と思うほど、南丹町の小学5年生の事件をこと細かく放送します。そこには被害者の祖母や実母への配慮の欠片もありません。 一方、辺野古の海で反戦活動家により一人の犠牲、10人以上の負傷者を出した同志社国際高校の事件は産経以外何ら全く触れません。こちらの事件の方が、闇は深いです。
父親がNOTEで訴えています。それなのに何故、マスコミは一切、無視なのですか。恐らくNHKを始めテレ朝、TBS等のマスコミ、学校、基督教会、活動家、支援者、左翼ジャーナリス等、「報道しない自由」を行使することでこのまま世間の関心がなくなるのを待っているとしか考えれません。マスコミには触れられたくない何かがあるのでしょう。
4、同時期に起こった二つの事件がそれぞれのマスメディアの異常性を良くあらわしてる。こちらの事件は執着するマスメディアの姿。個人のプライベートを無視して土足で踏み込んでメチャクチャにする。被害者の顔をなんどもサムネ(行方不明だった時期はまだしも発見以降も同様)で報道し、記者が些細なことも現地から生中継。顔をぼかした関係者のインタビューの数多くあった。遂には出演者がこれ以上報道する必要についても述べ始めた。こんなことは初めて。逆に辺野古事件はほとんど報じない。匿名の警察や海保関係者のコメントも出ず、学校生徒や友人のインタビューもなし。あるのは産経新聞とご遺族の発信と県会議員の動画くらい。
しかし国会で議員が質問し文科省も動き出す。社会性や再発防止さらに背後関係の闇という意味では、こちらの方が遥かに深いと思う。信頼を失ったテレビメディアの両面をこれでもかと見せられた二つの事件。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/84eb9096499295ebc861689b82484313bcfb3c9c,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]