国連が策定中の自動運転車に関する安全基準原案では、レベル4の自動運転を想定し、システムの安全性を熟練ドライバー同等以上とし、走行記録装置の設置を義務付ける内容が明記されました。一般道を含む初の国際基準となり、2024年6月の策定を目指しています。これにより、日本国内の安全基準策定が進む見通しで、国内販売および輸出へ弾みが期待される一方、米国や中国が国連基準を採用しない可能性が課題となっています。

自動運転技術のさらなる普及へ向けた基準作りは重要なステップですが、異常に感じる点も存在します。それは、具体的な数値目標を設けない一方でメーカーに全面的な「証明責任」を負わせている点です。これは技術の進展を支えるための適切な規格設定という枠を超え、二重基準のような制度的不透明性を生じかねません。
制度の課題は明確です。まず、具体的な数値基準を設定し技術的な統一を図る、次にリスク検証過程の透明性を高める、そして、国連基準の導入を促すために米中など先行国との利益調整を進める必要があります。
これがない限り、基準策定は単なる枠組みにとどまり、国際市場形成の障壁となりかねません。
技術の進展は社会全体の安全性向上を目指すべきものであり、厳格さと国際協調を欠いた基準は、その本質を裏切る恐れがあります。成熟した規範と公平な実行プロセスが未来の車社会を築く鍵です。
ネットからのコメント
1、実現すれば素晴らしいと思いますが、安全性が第一です。雪道をノーマルタイヤで走る人がいる、道路に積荷を落とすトラックがいる、信号を無視して飛び出す自転車がいる、道路は大きく陥没することがある。アンダーパスは水没することがある。車やそのシステムだけが進化しても自動運転はまだまだ先の話ですよね?
2、凄いな、自動運転推進派の期待値。例えば自動運転化を図るならレールという決まった軌道を走る電車の方がより実現可能だろうに、未だに殆どの電車は運転士が乗務している。それと引き換え不特定多数の車や自転車、歩行者が街中を彷徨く中、天候や道路状況にも左右される中を走る事になる自動運転の車が、事故もなくスムーズに走るには計り知れない情報処理能力、制御する技術が必要で、それは電車を自動運転化しようとするよりも遥かに難しいだろう。
100%安全です、と謳われない限り、誰かが犠牲になりながら進歩、進化していく技術が街中に放たれるんだな…街中が実験場なんだな…という目で自動運転の車を見ている。それでも人が運転するより安心?安心するにはまだまだ先は長いだろ…俺と身内が自動運転の車の犠牲にならない事を祈る。
3、レベル3以上は事故ったらメーカーの責任。普通にリスク高すぎると思う。車単体での実現は難しくて、インフラ側にセンサ類を完備・車との連携技術が普及しないと完全自動運転なんて絶対無理。日本だと経産省が主導して、高速道路でその辺りの整備をやろうとしてる。あくまでも事故防止が目的だけどね。
4、高齢者や初心者が大きな事故を起こさないようにするのは、比較的簡単だと思います。急加速、急ブレーキ等危険な状態を回避するだけでも暴走が防げるので、少しでも早く基準化し、特に高齢者は「自動運転支援付き限定免許」を早く実用化して欲しい。完全自動化は20年近くかかると思いますが、10年あればかなり安全にする事が可能だと思います。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/bba69cda45f813885ef3810769c592c299bf98cc,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]