2015年10月、横浜市の女性(当時22歳)が自宅で、2018年1月にはさいたま市の被告宅で茨城県の女性(当時21歳)が死亡した。斎藤純被告(32)は、2人に睡眠薬を飲ませたり首を絞めたりして殺害したとして承諾殺人などの罪に問われた。2025年6月に逮捕され、同年8月に横浜市の事件でも追起訴。さいたま地裁は17日、懲役10年(求刑13年)の判決を言い渡した。

2人の女性が「同意していた」という言葉の裏に隠れたものを、社会は見逃してはならない。死を望むほど追い詰められた人に寄り添うのではなく、その弱った心につけ込み、自らの殺人願望を満たすために利用した行為は、単なる個人間の問題ではなく、人の尊厳を踏みにじる重大な犯罪である。また、8年前に亡くなった女性について警察が事件性を見抜けず自殺と判断していた事実は、捜査や検証体制の課題を浮き彫りにした。
問題の本質は、孤立した人の苦しみを受け止める仕組みの不足と、異常な兆候を見逃す社会の仕組みにある。今後は、①自殺リスクを抱える人への相談支援体制の強化、②危険な接触や誘導行為を早期に把握する仕組みづくり、③類似事案の検証と警察捜査の改善を進める必要がある。
弱者の絶望を利用する者が許される社会であってはならない。守るべきは「死ぬ自由」ではなく、苦しむ人が生き直せる環境である。命を救う社会と、命の隙間につけ込む社会、その差は制度と人間性への責任感で決まる。
ネットからのコメント
1、日本の法律はどれもこれも、いつの時代に作られて、これまでもどのような法改正が行われてきたのかも分からないが、明治や大正、昭和初期又は戦後まもなくでさえも、この様な時代に作られたものならば、現代との時代背景を鑑みても、人の価値観は全く異なるものだと思うのだが、そんな時代の古く錆びついた法律を、法律だからと大鉈ふるう司法も司法であるし、大きな事件でも起きない限り、全く働こうとしない錆びついた立法府の姿勢、これでよいのだろうか?今の時代、理由はどうあれ、二人も殺しておいて懲役10年など、時代を遡った頭にでも変換しなければ、到底理解など出来ないのでは?
2、いくら本人の同意があったからといって、人の命を奪ったことに変わりはないのに、通常の殺人より罪が軽いのはおかしいと感じます。しかも自己の殺人願望を満たすための行為だったなら、それは本当の意味での承諾と言えるのかも疑問です。命の重さは同じはずなのに、承諾の有無で罪の重さが変わるのはおかしいと思います。
3、たったの10年で社会復帰?殺人犯が社会復帰なんてあり得ない。殺人は最低でも終身刑。被害者がすごく軽く見られていて加害者に優しい司法はおかしい。再犯のことを考えると身近に一線を超えた人間と暮らしたくない。
4、最近は日本も殺人罪が多くなりました、何故なのでしょうか??刑が軽すぎる事も一つの要因でしょうが、20歳以下による刑事事件が多すぎます。日本国も刑法犯の刑期が短いのと若くして刑事事件を起こすと刑事罰が軽く成るのかは分かりませんが、警察も検察も政治家も今後刑事罰が増えて行くと思いますが、この辺で刑事事件の刑罰を考えては如何でしょうか、再考よろしくお願い申し上げます。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/facfe6aec80494eabad063fe55838d96c32594cb,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]