東日本大震災から15年、震災で1万5901人が犠牲となり、2519人が依然として行方不明です。被災地では鎮魂の祈りが続き、10メートルの津波に襲われた仙台市荒浜地区での追悼行事が行われました。一方、福島第一原発事故の影響は現在も継続。双葉町では避難指示解除後も帰還者は震災前の約3%に留まり、燃料デブリの採取量は15年で0.9グラムと進展は遅い状況です。2051年完了を目指した廃炉計画も不透明さが増し、震災と原発問題の傷跡は深く残っています。

15年前の震災が社会に与えた衝撃がいまだ克服されない現状は、批判を必要とします。被災者への十分な支援と復興計画が進まない一方で、原発廃炉作業における進展の遅れは制度の根本的な欠陥を露呈しています。まず、日本全体が問題としての認識を強化し、予算と技術者を復興・廃炉作業に集中する仕組みが必要です。
次に、現状に合わせて柔軟な計画修正を行い、目標の具体化と期限内完了を目指す取り組みが求められます。さらに、政策決定過程での透明性を確保し、関係自治体との協力を深化させるべきです。未解決の課題と向き合うことは、未来を守る責任であり、この犠牲から学び行動することで、次世代にはより安全で公正な世界を築けるのです。
ネットからのコメント
1、この日だから「なぜあんな事が」という気持ちが湧き起こるわけではない。日常の生活の中でもふと突然多くの人が犠牲になってしまったことを思い出して気持ちが騒つくことがある。そんな時に自然の理不尽さをただただ恨めしく感じる。人間が考える想定を軽々と超えてくるのが自然であるということを15年前の震災は教えてくれた。自分達の思い通りにならないことがあることを自覚することによって今後も起こるであろう災害による被害を最小限に抑えられるのではないかと思う。あらためて犠牲になった方々のご冥福をお祈りします。
2、毎年この日になるとあの日の地震の揺れやその後の原発事故の衝撃を思い出しますね。
多くの人が命を失い、人生を狂わされ、悲しみが日本中に満ちたことに思いを致さずにはいられません。東日本の震災に限りませんが子供たちが犠牲になってしまうことが本当に辛い。もちろん大人もですが、未来ある子供たちが犠牲にならないよう、災害の恐ろしさや備えることの大切さ、起きた時にどうすべきかなど、我々の世代が経験したことをしっかりと伝えて命を繋いでいけるように我が子たちにも教えてゆこうと思います。
3、当時中学2年生、自転車で10分の港を見に行ったのは翌日の朝。ラジオで情報を聞いていたので覚悟はしていましたが酷く荒れた地元を見てこの世の終わりを感じました。時間はかかりましたが店が開き出して復興が見えてきた時に感じた希望は今でも忘れません。開けない夜は無いんだなと。今は南海トラフ地震の被害想定地域に住んでいるので備えと気持ちを強く持ちたいです。
4、今日は大震災から15年目の日。だけど友人の誕生日でもあるまさか自分の誕生日にあんな大災害が起きるなんて、思いもしなかったろうなあれから誕生日なのに心から喜べないと。
今日は追悼の日、でも友人の誕生日。全力でお祝いします。全国の今日誕生日の方もおめでとう
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/135f23f8042c054e67fd8c5ec3d724a716830cbc,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]