事件概要:
平成23年3月11日、東日本大震災の津波で福島県南相馬市の小学校教諭、斎藤誠さんの次男、翔太君(当時5歳)が命を落としました。斎藤さんは学校で児童を避難させた後、自宅近くまで向かいましたが、8メートル近い津波により自宅に近づけませんでした。翔太君は約1か月後、自宅付近で泥に覆われた状態で見つかりました。この悲劇から15年が経過した今も、斎藤さんは息子を救えなかった自責の念に苦しみながらも、“震災の体験を語り継ぎ、大切な命を救うこと”を使命とし、日々教職を続けています。

コメント:
震災で家族を失う経験は計り知れない悲しみです。斎藤誠さんの気持ちを考えると、胸が締め付けられるような思いがします。
自責の念に悩む斎藤さんですが、当日の状況下で果たされた仕事の責任――児童たちを避難させ人命を守られた――は、尊い命の重みを抱えた瞬間でもあります。人々は災害のさなか、決断を強いられることが多く、結果論から「別の選択も可能だった」と後悔に苛まれることはよくあることです。自分を責めるよりも、その日守った命の重みを認め、受け止めるべきです。震災の教訓を次世代に語り継ぐ斎藤さんの行動は、社会に希望を与えていることでしょう。
私自身、過去に愛する家族を失い、似たような思いを抱いたことがあります。当時は悲しみや後悔が支配していましたが、時間と共にその人との思い出が心の支えとなり、前を向く力になりました。翔太君が斎藤さんの側で見守っていると信じ、日々を少しずつ未来へ歩むことで、心の重みも軽くなるかもしれません。愛する人を胸に秘め、その存在を未来に活かしていく歩みは、悲しみが希望に変わる道筋の一つです。
ネットからのコメント
1、自分を責め続けてしまう気持ちは想像もできないほど重いと思う。ただ、この先生は多くの児童を避難させ命を守った方でもある。
震災を知らない世代に体験を語り続けることは、きっとこれからの命を守ることにつながる。震災から15年経っても、こうした声に耳を傾け続けることが大事だと思う。
2、「先生のような教師を目指して勉強しました」照れくさくて、うれしくて、心が救われた。小さな希望に人はすがって生きるしかないのかも知れない。ただ一つ言えるなら、きっと亡くなった息子は父の後ろ姿をしっかりと見て支えてくれてると感じた。この親にしてこの子あり。あっぱれ!なんだろうと思う。一番に応援してるのが亡くなって逝った息子さんかなと感じる。定年まで、いやその先の臨時教員でも、使命の大きさを感じます。強く生きて下さい。
3、心が痛い。自分は津波ではないが九州豪雨で友人を亡くしました。自分の自宅は無傷で1キロくらい離れた友人の自宅付近は濁流に飲まれてました。この記事の方に比べれば自分なんて苦しいなんて言ってられないけどやっぱりそれ以降大雨のザーザーする音が怖い時がある。自分の息子を亡くした苦しみは想像を絶するものがあるだろうが逆に当時の生徒達を守ったヒーローでもあると思います。
とてもご立派な教師だと察します。もう2度とあんな災害がありませんように。
4、多くの人生を変えたあの日からもう15年ですね。大事なお子さんを失うなんて。辛いですね。私も子供を失ってから、しばらくの間は子供を連れている人を見るだけで辛くて泣いていました。時間が経過し、やっと心が落ち着きました。普通の生活が1番の幸せだと母に言われたことがあります。つい、愚痴を言ってしまうけれど、日々に感謝しようと思いました。今日は家族と震災時の避難行動について語ろうと思います。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/9ea437c23f2fea640fbfaa5567e278a891c9de8c,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]