佐藤愛子さんが4月29日に老衰のため102歳で逝去されました。自身の遺志により葬儀は親族のみで営まれ、お別れの会は開かれないとのこと。1923年に大阪で生まれた佐藤さんは、作家として『青い果実』で文壇デビュー後、『戦いすんで日が暮れて』で直木賞、さらに複数の文学賞を受賞。エッセイの名手としても知られ、2016年刊行の『九十歳。何がめでたい』ではベストセラー1位を記録し映画化もされました。晩年も執筆活動を続け、最後の著作は今年4月に刊行された『ぼけていく私』でした。独特のユーモアと鋭い観察眼を持つ「佐藤愛子節」は多くの人々に愛され続け、ご家族を含む多くの読者に深い影響を与えました。

佐藤愛子さんの訃報に接して、大きな哀しみに満ちています。102年という長い人生の中で、彼女が残した豊かな作品と言葉たちは、読む人々の心に灯りをともす存在でした。
その飾らないユーモア、時に辛辣であっても真実をしっかり見据える筆致は、多くの人々に笑いと智慧、そして人生を生き抜く力を与えてくれました。
佐藤さんのように、常に自分らしさを貫き通しながら社会や人生と向き合う姿勢は、私たちに多くのことを教えてくれました。特に晩年のエッセイでは、「老い」や「死」という普遍的なテーマを、誰もが親しみやすく理解できる形で伝えたことに心から敬意を表します。彼女の生き様を思うと、悲しみの中にも温かい感動が広がります。
「日が暮れる」ことはあるけれど、その光は消え去ることはありません。佐藤愛子さんが放った光は、これからも多くの人々の中で輝き続けるでしょう。どうか安らかにお休みください。
ネットからのコメント
1、『九十歳、何がめでたい』以降の執筆から、全ての本を呼んでます。老いていく自分自身の気弱さを喝破されるようで、痛快で、いつも元気を貰いました。娘さん、孫娘さんから見た愛子さん像はまた違ったみたいですが、それもまた、興味深かったです。これからも、気弱になる度、愛子さんの本を読みたいと思います。
あの世でも、元気にお過ごし下さい。ありがとうございました。
2、「この方でも亡くなるのか」というのが正直なところ。「100歳まで生きる」と言われても、最後は「生きる」のではなく「生かされている」状態の方が多いと思いますが、90歳を過ぎても執筆されている姿を見て、「人間、いつまでそんなことができるのか」と疑問に思ったものでした。好きな作家が亡くなるのは、本好きにはつらいですが、100歳を過ぎての大往生となれば、「さすがだな」と感嘆せざるを得ません。ご冥福をお祈り申し上げます。
3、中学高校時代から最近までユーモアエッセイを読み楽しませていただきました。高校時代は特に面白くクラスメートに本を貸しました。102歳の長命は当時予想していませんでした。最近「90歳まで整体と漢方薬だけだった」「90歳過ぎてから西洋医学の薬服用」と知りました。娘さんとお孫さんがいて良かったです。二世帯住宅を建てた理由は独居高齢者が嫌だったからだと思います。子孫に恵まれ自由に生きられて幸運だったと思います。
4、母親が大ファンで、刊行した本を全て買い揃えていました。その影響で自分もエッセイの殆どは読破しました。遠藤周作や中山あい子さん達との交友録、愛犬との生活や何気ない日々の暮らしのエピソードなど、何度も楽しく読み返しました。晩年は認知症が入られておられたみたいで、最後のお言葉や文章的なモノを届けてもらう事が叶わなかったのは少し残念ですが、102歳なら佐藤愛子さんにふさわしい大往生です。安らかにお眠り下さい。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/c8c4cf0939e2f3c68b798303b313d986f6c2ad06,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]