高校国語教育の科目配分を巡る新たな動きが注目されています。文部科学省は2023年10月11日、次期学習指導要領の構成案を提示し、小説など文学作品に触れる機会を増やす方針を示しました。現行では小説を扱う「文学国語」の履修率が49%と低調で、特に理系生徒に敬遠される傾向がありました。AIやSNSの普及により、論理的な思考能力だけでなく感性や表現力の育成が求められており、新たな構成案では「論理国語」と「国語表現」を統合し、小説を含む教材を用いる「現代の国語Ⅱ」と、古典や文学国語の要素を組み合わせた「言語文化Ⅱ」を標準化。これにより、文理を問わず多くの生徒が文学に接することが期待されています。新指導要領は2032年度以降に適用予定です。

今回の提案には一考の余地があります。小説を再び国語教育の中心に置く動きは、感性豊かな人間教育を目指す試みとして意義深いものの、背後には現場の長期的な課題が潜んでいます。
文科省のデータが示すように、文学国語や国語表現の履修率が極めて低い理由は、大学入試につながりにくく、学校教育が現実的な進学指導に偏っている点にあります。この現状が「表現力」「感性」という教育目標の実現を阻害しているのです。また、理系分野において「実用性が高い」とされる国語構成が重視され、文学が二の次とされる風潮も深刻です。さらに、四科目の分立体制そのものが現場に混乱をもたらしているのも否めません。
課題を解消するには、まず大学入試において文学的素養を問う場を設けるべきです。次に、教員の指導方針を強化するための研修を徹底し、小説を効果的に活用できる教育環境づくりが必要です。さらに、社会全体で文学の価値を再認識し、家庭や地域での読書文化復興を支援する施策も有効です。
人間の感性を育む文学を、テストの制約で切り捨てるのは「豊かな心」を奪うに等しい行為です。本提案が真に成功するか否かは、指導現場での実効性と包括的な政策支援が鍵を握ります。この方向性を誠実に追求することが、日本の教育の未来を照らす道となるはずです。
ネットからのコメント
1、高校は義務教育じゃないんだから、ある程度は高校の自由にさせてもいいと思う。それで進学重視になってもそれはそれでその学校の特色として中学生が選ぶときの参考になればいい。そんなことよりも文科省とか教育再生なんちゃらの人は小中学校をもっと真剣に考えてほしい。生徒も先生も大して理解していない遊びみたいな英語をいれるんだったら、国語と算数の時間を増やしてもいいと思う。
2、大いに賛成できる事です。中学時代に教科書に載った夏目漱石の小説に心を奪われ、その後漱石の小説をもう半世紀以上、事あるごとに読み返しています。そして今でも読むたびに新しい発見と感動があり、これまで漱石の言葉にどれだけ勇気づけられて日々を過ごしてきた事でしょう。今後小説から国語を学ぶ生徒さんたちが、自分の人生の一助となる作家に出会えることを心より望んでいます。
3、今から思えば、現国の授業で読んで心に残っている詩や物語、それに随筆がいくつもある。当時は、他の教科にはほとんど興味がなかったけれど、現国だけは、先のページをめくりながらわくわくしたのを覚えている。
テスト用の読解力や文章力も大切だけれど、新しい世界に出会う場としての教科書、授業と考えれば、本当の学ぶことは大切なんだなあと思う。出来れば、教科書はそのまま紙の方がいいと思うし、国語の先生は、自由に自分の思いを語ってくれるような方が素敵だと思う。
4、コロコロ変えるってことは、現行の指導要領が適切でなかったと感じる人もいるでしょう。時代の流れに対応して10年ごとに変えるのはいいのですが、日本語を学ぶ学問なので、母国語としてのプライドを持って軸のある学習内容にしてほしいです。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/6fd1d4f767d71384441ff4a57594e4df08874225,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]