5月8日、大阪高裁は、ノンバイナリーの50代個人が「長女」と記載された戸籍の修正を求めた抗告を審理し、現行の戸籍法の運用が「憲法14条の平等原則に抵触する」と指摘しました。この個人は、出生時に女性として登録され「長女」と記載されましたが、「男とも女とも扱われない権利」を主張し、性別を特定しない形への修正を求めていました。高裁は、ジェンダーアイデンティティーの尊重を重要な法的利益として認識する一方で、具体的な制度整備は国会で行うべきとし、抗告を棄却。現行法がノンバイナリーなどの個人を十分に考慮していない点を指摘しました。

現状「ノンバイナリー」の存在を前提にしない戸籍法は、時代遅れの制度の象徴と言えるでしょう。この判決は、憲法が定める平等原則への違反を明記しましたが、実効性のある是正策を取らない国会への期待を先送りしました。
そもそも性別を単なる二元論でしか捉えない制度自体が、個々人の自己決定権や人間の多様性を軽視しています。その背景には、制度が社会の変化を取り入れる能力とスピードが著しく欠けている現状が挙げられます。この問題を解決するためには、第一に「ノンバイナリー」への法的対応を具体化すること、第二に社会全体の理解と啓発を進めること、第三に公的書類の柔軟化を進めることが求められます。国が個人の存在を否定する状態を放置するのか、それとも新しい基準を作り出すのか。この選択は、未来をどのような社会にしたいかという価値観の問題です。「多様性を真に受け入れる社会」への一歩が、今回の判決を契機に進むことを切に願います。
ネットからのコメント
1、戸籍に生物学的な性別と自認の性別の両方を記載するしかないですかね。たとえ生物学的男性であっても戸籍に女性と記載されてしまったら、女子校であっても学校側は受け入れざるを得なくなるのでは? 自認の性別は本人の好きな内容で記載かつ何回変えてもらっても構わないが、生物学的な性別はただ一つにするべきだと思います。
自分の性別を自分で認識する事と他者が認識する性別は別物です。
2、モノの本質や順序がわからない裁判官なのか。戸籍の性別はどう考えても性自認を書く欄ではないだろ。戸籍の性別欄は社会制度の基盤として生物学的な性別を記録するためのもの。性自認は本人の意識の問題でしかないからわざわざ戸籍で記録する必要がない。そこは法で保護するところではない。性自認を書くのならいずれはいつでも自由に変えられる必要が出てくる。性自認の決定は本人の意識に依るのだから。そうなったら男女の区別が意味をなさなくなる。しかし生物学的な男女に基づく制度は残るから、戸籍に生物学的性別の欄を新たに設ける必要が出てくる。こういう裁判官は即刻罷免したい。
3、身体的性別と戸籍が異なる場合、特に病気関連なんかは自身にとって不利益になるだけだと思いますが。たとえば乳がん検診は戸籍上の性別を参考に受診券を送ってますよね。通常の健康診断でも自認の性で受けさせろと主張する身体男性の方がいらっしゃいますが、身体的男女で基準値が違うわけで。
身体的性別に関する情報が必要な場面は確実にあります。マイナンバーカードのときもそうでしたが、性別記載にこだわりすぎて、そのうち医療現場を混乱させる事態に発展しそうで怖いです。
4、これはさすがに最高裁で覆るかな。少なくとも現行法では法的に男女で区別して取り扱う事項がある以上は、当人やその周辺がどう扱うとは別に、「法的にどちらとしてとして扱うか」という問題は不可避ですし。トランスジェンダーの様に既にある枠組みに社会実態が適合しているのに、あえてズレた法的取り扱いをしてる場合と違って、全く新しい法的枠組みを創設するって話な以上は何を最適とするかは「裁判所には扱えない事項」ですから。少なくとも、本人のアイデンティティの問題を超えて「ノンバイナリーとして扱われないと困る」ことがない限りは立法事項なきがする。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/8d1e469f071645aa521f4e7050ef7422ef77dbc4,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]