イスラエル軍の兵士がレバノン南部で聖母マリア像にたばこを押し付けた行為が発覚し、軍刑務所での拘禁処分が科された。この行為を撮影し拡散した兵士にも処分が下された。事件はソーシャルメディアを通じて広まり、イスラエルメディアが報道。過去にも同地域でキリスト像への冒涜行為があり、軍は継続的に批判を受けている。レバノン南部では停戦は成立しているものの、イスラエル軍の駐留が続いている背景がある。今回の事案は宗教的感情の冒涜として広く非難を浴び、軍報道官は「重大に受け止める」と表明した。

宗教的象徴を冒涜する行為は、その信仰を尊重すべき社会規範に真っ向から反する異常な出来事です。特に聖母像にたばこを押し付けるという行為は、故意に宗教的感情を傷つけるものであり、公的組織である軍内でこれが発生するのは問題の深刻さを際立たせています。
本質的には偏見や対立が生む行動を許容する内的文化の欠陥と、規模に対する監督不十分という制度的問題が背景に潜んでいます。
解決のためには、まず軍内部への倫理教育を徹底的に強化し、異文化や宗教に対する理解を浸透させる必要があります。また、このような行為が発生した際の監視や報告体制を具体的に整備し、再発防止の仕組みを強化すべきです。そして、軍全体で透明性を高め、外部からの監督機関による監視も取り入れるべきです。
軍隊は公共的な信頼を基盤とする組織であり、その構成員が国際社会や異文化との衝突の火種を生む行為を続けるならば、国全体の信用が揺らぐ結果を招きます。これ以上の対立を深める状況を防ぎ、責任と尊重の精神に基づく改革が急務です。
ネットからのコメント
1、イスラエルのシオニスト達は当然ユダヤ教が唯一の教えとしているのだろうが、欧米(キリスト教)の支援と後押しで成り立っている。いわゆるスポンサーが欧米なのだが、キリスト教もユダヤ教、旧約聖書は認めつつもこんな暴挙をされて何も思わずにいられるのか?と言う話だ。
キリスト教にとってはイエス=預言者であり神そのものであり、その母親マリアを冒涜されて面白いはずがない。シオニストの本音は知らんが、そういう建前や腹芸も使い分けられないあたりよほどの選民意識を持っているのは想像に難くない。
2、宗教というのは信じる人たちにとっては我が家であり心の支えであり生きる糧でもある。自らの信ずるものとは違っていても敬意ははらうべきもの。マリアを信じ敬う人たちにとって彼の行動は親の墓にタバコを擦り付けられるようなものだ。国を踏みにじるだけでなく心も踏みにじることはあってはいけない。
3、写真や映像に残ってしまい処分されているのは氷山の一角なのだと思います。玉川氏の発言を問題視した駐日イスラエル大使が、今回の件を日本のカトリック信者に対してどう説明してくれるのか、それとも何も説明せず隠れたり逃げるのか、その言動に注目しています。
4、信仰の自由は当然守られるべき権利だが、だからといって他の宗教を侮辱していいわけではない。宗教とは家族であり、心の拠り所であり、アイデンティティであり、民族であり、国庫でもある。
たとえ敵対する勢力の信仰する宗教であっても、そこには一定の敬意が必要であると思う。そう思えるのは日本が平和で、他宗教に寛容だからかもしれないが、少なくとも余計な火種は起こさないに限る。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/fcfd5b914375a5c5ba22fe4e46413226af9ca37b,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]