今回の件について以下の通りまとめます。
お笑い芸人・永野が1月18日、自身のX(旧Twitter)アカウントをスタッフ運用に切り替えると発表した。これに加え、近年他の芸人たちも個人でのX運用を停止または削除する動きが広がっている。たとえば、EXITの兼近大樹や相席スタートの山添寛、Mr.シャチホコがアカウントを削除、またモグライダーの芝大輔が更新を停止した事例がある。その背景として挙げられるのは、SNS上での芸風との「ギャップ」が生じたり、タイムラインに流れる「嫌な投稿」を目にする精神的負担、さらには投稿内容が曲解され炎上リスクを背負う可能性があることといったリスクだ。永野も、自身の芸風がSNSにより損なわれることを懸念しての決断だと説明。芸人のSNS利用には創作活動との共存が難しい現実があることが浮き彫りになった。
今回の動きに対するコメントを以下のように分析します。
SNS時代の利便性と見せかけの双方向性を皮肉らざるを得ません。お笑い芸人に限らず、ネット上の発言は瞬間的に拡散され、意図や文脈を変えられて捉えられるリスクを孕んでいます。
しかし、その背景には、社会全体で「言葉」に対する尊重や思慮が不足している現実がちらつきます。発信者の側だけでなく、受信者の責任も問われるべきではないでしょうか?芸人たちが直面するリスクとして、タイムラインに流れる心ないコメントや、炎上を誘発する発言への過敏な反応、メディアの無責任な切り取り報道が挙げられます。これらは一方的に発信者だけにリスクを追わせる構造的な欠陥といえます。
解決への道筋としては、第一に、SNS企業が「非同意リスク」を軽減する仕組みや、報告機能の強化を急ぐ必要があります。第二に、法的な発言責任を明確化して、発信者も受信者も責任の所在を明らかにするルール作りが求められます。第三に、メディアの報道倫理の向上が不可欠です。不正確な記事やセンセーショナルな報道は断じて許されるべきではありません。
おもしろさを届ける芸人たちが、言葉の誤解によって創造性を削がれることがないように、私たち全員が情報環境の健全化に努める責務を感じるべきです。SNSは本来人々を繋ぐツールであるはずです。その恩恵が失われつつある現状を深く憂慮します。
ネットからのコメント
1、芸人さんの「X離れ」は、逃避というより自己管理の成熟だと感じます。芸は舞台や番組という文脈の中で成立するもので、切り取られやすいSNSとは相性が必ずしも良くありません。永野さんが語る「ブランディングが落ちる」という自己分析は、表現者として非常に冷静で誠実だと思います。また、SNSは本来、発信の自由を広げるツールである一方、常に評価や対立にさらされる場でもあります。笑いを生業とする人が、日常的に消耗する環境から距離を置く判断は、ごく自然でしょう。スタッフ運用に切り替え、作品や仕事に集中するという選択は、むしろプロ意識の表れではないでしょうか。「発信し続けること」よりも、「どこで何を語るか」を選ぶ時代に入ったのだと思います。
2、永野さんの良さは、あの唯一無二の『毒』や『狂気』。Xのような場所だと、文脈を無視して切り取られたり、過剰にコンプライアンスを求められたりして、本来の面白さが削られてしまう。スタッフ運用に変えて、戦いの場をテレビやライブに絞るのは、芸人として非常に賢い選択だと思う。
3、そもそもX(旧ツイッター)の発信って日々のささいな出来事を様々な人と共有できること自体が楽しかったはずなのに、いつしか承認欲求の装置になり、有名人が宣伝するためのツールになり、揚げ足取りや誰かを叩く場所になってしまいましたね。小児欲求さえ捨ててしまえば、SNSを遮断した方が顔も名前も知らない人たちの無責任な声を気にする必要がなくなり、気持ちも楽に生きられるんですよね。SNSのなかった時代の方が社会は幸せだった気がします。
4、とても良い事だと思います。日本と日本人は余りにもXに侵蝕されすぎている。何でもかんでもX、Xと…本当にしょうもない。ただもちろんビジネス発信ツールとしての利点は依然高いので、スタッフにそのまま移管してるのが大変賢いですね。永野さんらしい選択だなとも思います。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/599600c8407211200c9566394019985959fe5dbb,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]