事件概要
1985年8月12日、群馬県御巣鷹の尾根で発生した日航ジャンボ機123便墜落事故は、520人の命を奪いました。事故の原因として、機体後部の圧力隔壁の修理ミスが指摘されています。この修理は7年前、機体がしりもち事故で後部を損傷した際に行われたもので、修理が不適切だったことが、墜落につながる圧力隔壁の破損を引き起こしました。
事故発生直後、アメリカの調査チームが調査を進めましたが、当初は爆発音によるテロの可能性も考慮されました。しかし、調査の結果、修理ミスが原因であることが強く示唆されました。40年が経過した今も、事故原因の“核心”は解明されていません。
コメント
このような悲劇が起きる背景には、航空業界における安全管理の不備と、過去の教訓が生かされていない現状があります。特に、修理作業が不適切だったことが致命的な結果を招いた点は、制度の問題を浮き彫りにしています。誤った修理手法が命を奪った事実を見過ごすわけにはいきません。再発防止に向けた具体的な取り組みが求められます。
ネットからのコメント
1、まさに事故の真相はブラックボックスの中にあるままなのでしょうか。真相が技術的に明らかにできないのか、他の事情で明らかにできないのか。多くの人が犠牲になった事件、坂本九さんも帰らぬ人になられて痛ましい事故でした。御遺族が高齢化して御巣鷹山に登るのを最後にすると言われた番組を拝見しましたが、国民はこの事件を忘れないようにして、航空会社は事故を教訓に、再びこのような事故が起きないようにしていただきたいですね。
2、中曽根康弘元総理がかつて語ったとされる「真実は墓場まで持っていく」という言葉は、日航123便墜落事故の遺族や国民の間で長く記憶されてきました。
事故原因については公式には隔壁修理の不備が示されていますが、その裏側に何があったのか、40年経った今も核心部分は明らかにされていません。当時の政治判断や国際関係、さらには公表されなかった調査資料の存在が疑われる中で、遺族の方々が真実解明を求め続けるのは当然のことです。国家が重要な事実を伏せ続けることは、国民の信頼を大きく損なうものであり、「真実」は歴史の闇に葬られてしまうのかという深い懸念を抱かざるを得ません。
3、国交省の聞き取りで、修理ミスの理由がはっきりできたとしても、長年の遺族の疑問に国が動いたとはいえません。動くとは、CVRとFDRの生データを公開することです。憲法98条2項に国際条約遵守義務がありますが、憲法21条を根拠に保障される国民の知る権利もあります。遺族の方も事故原因を知りたいと裁判まで起こしました。40年がたち、調査関係者の多くが亡くなられていますし、時効も成立し責任を問われる可能性は限りなく少ないです。公開による悪影響は少ないと思います。事故調の結論の数々の矛盾が払拭されるのですから、事故原因の究明と再発防止につながり、メリットの方が大きいです。
シカゴ条約の除外対象にあたる時期ではないでしょうか。
4、あの当時高校生だった自分は、テレビのニュースを見ていて、なぜ墜落場所が二転三転するのか、なぜ深夜で暗いからというだけで捜索を打ち切るのか、などいくつか疑問と違和感を感じたのを覚えています。その後の生存者の証言で墜落直後はまだ生存者の周囲で乗客の声がしたとありましたから、なおのこと捜索を続けていたら助かる命がもっとたくさんあったのではないかと残念でなりません。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/1d42cb742ad415e99725d4e45037c33d808549c3,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]