水俣病認定訴訟 福岡高裁で棄却
福岡高裁は23日、水俣病の患者認定を求めた熊本・鹿児島両県の住民7人の控訴を棄却。一審の熊本地裁に続き、原告側の主張を退けた。原告は1956年前後に生まれ、チッソの水俣工場が排出したメチル水銀による汚染時に胎児や幼児期だったと主張。長年手足のしびれや感覚障害に苦しみ、公害健康被害補償法による患者認定を申請したが不認定とされた。一審で汚染被害の存在は一部認められたものの、症状の発現が汚染終了後20~30年経過しているため因果関係は合理的に説明できないとして棄却が続いた。

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福岡高裁の判決により再び棄却された今回の水俣病認定訴訟は、司法の公平性と公害被害者救済制度の欠陥を露わにしています。この判決は、水俣病の過去に蓋をするような動きに見え、被害者側が訴える正当な権利の声に耳をふさぎ続ける異常な状況を際立たせています。
問題の本質は、まず第一に、被害の長期的影響を正確に評価できる体制の欠如です。発症までの時間差を理由に因果関係を断絶する論理は科学的認識の進展に矛盾します。第二に、司法が患者の証拠を適切に汲み取らず、一律の基準で判断している点です。さらに、公害被害者救済制度そのものが、行政や企業の責任を回避する仕組みに寄与していることが懸念されます。
解決策として、1つ目に中立的かつ最新の科学技術を用いて過去データを精密評価する専門機関の設置、2つ目に公害健康被害補償法の改正による認定基準の柔軟な運用、3つ目に被害者救済の具体的促進を目的とした基金の創設が急務です。
社会的弱者を切り捨てる社会が未来に何を遺すのか。我々が目指すべきは、責任を曖昧にすることではなく、過去の失敗から学び、救済の手を差し伸べる公正な社会の構築です。この訴訟結果を黙認するのは、新たな不正義を生む土壌を養うことに他なりません。
ネットからのコメント
1、『説明が出来ない』以上仕方ないともいえる。何故なら『可哀想』という感情だけでは判決を出せないし、『説明できないのに水俣病』と認定したら、今後全ての『説明できないけど可能性がある』だけで水俣病と認定していかないといけなくなる。
そう言う事だと思う。
2、原告訴訟団のお粗末さのせいだと思います。「汚染が終わってから20~30年経過して症状が出た例を探し出す」のが訴訟団の仕事。別の公害病でも構わないし、「20~30年経過は、公害病においては大きな意味を持たない」ことを立証しなければダメなのに、それをサボった。もし1例もないなら、判決の方が妥当性を持つ。「世界でここだけ、それも7人だけの例」なんて、説得力は皆無。ただ、たまたま似た症状が出ただけと判断されても批判は出来ない。原告訴訟団は、もっと仕事をしないと、原告が不幸になると思います。
3、当時でも水俣病が公式確認されてから国が原因と認めるまで12年かかりました。当時でもこれだけの年月を費やしてるのに、更なる年月を費やした現在で因果関係をそう易々と認定する事はないでしょう。相当高いハードルですね。
4、こういうニュースでいつも思うけど、問題解決の知識や技術の不足で当事者同士で解決できないことを、科学的根拠を踏まえて憲法や法律に基づき、公平中立な立場で解決するために裁判所があり、しかもそこが最高裁まで審議を繰り返して出した結果なのだから、結果に不服でも従うべきだと思う。
それに不満を言うのは法治主義の否定ではないの。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/3a3e9ccb769c2a4681b28c67c527eabdaeb6bc01,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]