2004年アテネ五輪男子チームスプリントで銀メダルを獲得した伏見俊昭さんの訃報が伝えられ、競輪界や関係者に大きな悲しみが広がった。同じ福島県出身で日本代表として活躍した新田祐大選手は、直前に函館で伏見さんと「これからもみんなで高め合っていこう」と語り合ったばかりだったと明かし、突然の別れに涙を流した。また、アテネ五輪でともに戦った井上昌己選手も「信じられない」と言葉を詰まらせ、「残された人がしっかり頑張るしかない」と胸中を語った。

突然の訃報に接した仲間や後輩の言葉から、伏見さんが競技だけでなく人としても深く慕われていたことが伝わってきます。つい最近まで笑顔で語り合っていた相手との別れは、すぐには受け止めきれないものです。だからこそ、強い悲しみや「もっと何かできたのでは」という思いが湧くのは自然な反応であり、自分を責める必要はありません。
私も突然大切な人を失った方の話を聞いたとき、昨日まで当たり前だった時間がどれほどかけがえのないものだったかを痛感しました。今は無理に前を向こうとせず、伏見さんとの思い出や教えを大切に胸に刻み、それぞれの歩みの中で受け継いでいくことが、何よりの恩返しになるのではないでしょうか。
ネットからのコメント
1、あの伏見選手が亡くなられたとは信じられない。競輪は日本生まれのスポーツですが常に危険と隣り合わせであり、常に選手は命懸けで戦っています。伏見選手が残した競輪界の功績は輝かしく、これからも語り継がれる偉大な選手。心よりご冥福をお祈りします。 新田選手の奮起に期待します!
2、自転車競技でいつも思うのは、あまりにも装備が無さすぎること。あれだけのスピードで走りながら身体は完全に無防備。バイクであればプロテクターまでしているのに、自転車はやらない。軽量化のためとは言え命を軽んじてるとしか思えない。今後の自転車競技の安全基準の向上を願うばかり。
3、押し上げ落車に巻き込まれてフェンスに激突してほんと大丈夫かと思う落車事故だったんで訃報が流れたときは衝撃が走った。
伏見さんのグランプリ取った映像がまだ記憶に焼きついてます。残念でなりませんが素晴らしい競輪選手だったことは忘れません。
4、こんな状況でも走らなくてはならない。でもこんな状況だからこそ、伏見選手に捧げる走りをして欲しい。福島は任せてくださいと、福島のエース新田選手の走りで明日は優勝して欲しい。魂の走り明日は見せて下さい。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/9f97fa0ab77c5454e7d1389bf6db2c8142c35b45,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]