2001年7月21日、兵庫県明石市の朝霧歩道橋で、夏祭り会場へ向かう人が殺到し、長さ約100mの歩道橋が異常な混雑状態となった。1㎡あたり約15人が密集して動けなくなり、転倒事故が発生。子ども9人と高齢者2人の計11人が死亡、247人が重軽傷を負った。後の裁判で、ずさんな警備による異常な混雑が原因と認定された。

25年が経っても、この事故が問いかける問題は終わっていない。最も異常だったのは、人が危険な密集状態になるまで誰も有効な規制を行えなかった体制そのものだ。現場にいた人々を責める声が広がったが、本来問われるべきは、命を守る仕組みを機能させられなかった管理側の責任である。必要なのは、①大規模イベントでの事前シミュレーションと入場制限の徹底、②警察・自治体・警備会社の責任範囲を明確化する制度整備、③事故発生時の情報公開と検証体制の強化だ。
危険を作った仕組みを見逃し、苦しんだ人を責める社会では二度と同じ悲劇を防げない。守るべきは体裁ではなく、人の命と真実である。









ネットからのコメント
1、これは、今でも覚えてる。人助けをしている若者に、駆けつけた警備員か誰かが、自分の保身のために事故の責任をなすりつけた話だったと思う。すぐに濡れ衣は晴らされたけど、ひどい話だった。
2、18歳の若者が優れた身体能力と精神力を活かして複数の人の命を救って、25年後の現在も消防士として働いてるってすごい話だな。最近、18歳特定少年が主犯のある重大事件の記事ばかり見ていたのだけど、あまりの落差に本気で泣いてしまった。一緒にするのが失礼だけど、どうしてこうも違うのか。正義感からの行動とは、本来こういった行動のことを言うのだよね。
3、私の男友達も屋根に登って「みんな引き返せー!」と声をかけていました。当時私は中学生。男女グループでお祭りに行き、私も背が小さかったため、とても息苦しく、狭く、息がしづらく怖い、という記憶が今でもあります。事件後ニュースを見て、若者が屋根に登り暴れてた?!なにそれ!と思い、子供ながらに報道と真相の違いに不信感を抱きました。男友達はその後、何日もかけて取り調べを受けることになり、捕まるなどはなかったけど、世間に悪と晒され一時的にメンタルを病んでいた時期がありました。この話は、ずっと誰かに言いたかった。屋根に登ってた人はだれも悪くないんだと。ずっと、言いたかった。
4、この年含めて毎年明石の花火大会に参加していました。例年の会場はここではなく、明石の市役所周辺でしたし、混雑はしても身動きがとれないような混雑ではなかったのです。大蔵海岸との出入りが、(遠回りすれば別ルートもなくはないけど)基本的にこの歩道橋だけなので、ボトルネック状の構造であり、結果論から言えば群衆事故が起きやすい構造でしたが、少なくともこれを親の責任だと責めるのは違うと思います。私は歩道橋の下にいましたが、下も息ができないほどの混雑ではないけど前にも後ろにも進めない長時間身動きのとれない状況でした。ようやく少し動けるようになったと思ったら、次々に人が運ばれていき、大変なことが起きたのだと気付きました。当日事故後に歩道橋が封鎖されており、どう行けばいいのかと警察の人にただ道を尋ねただけなのに、通れないことに文句を言ってるように受け取られたらしく、怒られたのも嫌な記憶。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/874e895f91dcd67e9c1be6253bf9c02432a15b1e,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]