京都大学の熊谷誠慈教授らは2023年、仏教対話を可能とする人工知能(AI)「ブッダボットプラス」を搭載したヒューマノイドロボット「ブッダロイド」を発表しました。このロボットは原始仏教経典を学習した生成AIで、対話や身体動作を一体的に制御します。人間の僧侶をモデルに設計され、荘厳な動きや礼拝、合掌の所作を実現。生身の僧侶に相談しづらい個人的悩みへの対応や宗教行事での人手不足解消が期待されています。2021年に基礎AI「ブッダボット」を開発、22年にはAR技術を加え、今回新たに「身体性」を導入しています。従来の宗教ロボットと比べ、身体接触を伴う自然な対話を初めて可能にした点で注目されています。

この取り組みは画期的ではあるものの、幾つかの論点が浮かび上がります。まず、現状では宗教の本質的価値を「身体性」や「対話能力」という形でAIが代行するという発想が、多くの人々に受け入れられるかは疑問です。
生身の僧侶が担うべき役割をロボットが代替することは、宗教的威厳や信頼性に欠けるとの批判を受ける可能性があります。また、日本では寺院の減少と宗教の役割低下が進む中、こうした技術が人々の信仰心や宗教的文化を維持するために真に貢献するのかも不確かです。さらに、キリスト教や他宗教のロボット開発事例とは異なる宗教哲学の背景を考慮し、日本特有の文化や宗教観に即した運用が必要です。
これらの課題に対応するため、次のような提案が考えられます。まず、AIと宗教空間の共存について社会全体で議論し、新たな価値基準を構築するプロセスが不可欠です。次に、AIの利用が許容される範囲を透明化し、宗教行為のどの部分をAIに委ねられるかを明確化する必要があります。さらに、生身の僧侶とAIロボットの共同運用により、宗教の精神的な側面を損なわず最大限の相乗効果を発揮できる仕組みを模索していくべきです。
技術の進歩そのものは不可避ですが、宗教や倫理という深遠なテーマへの侵入には細心の注意が必要です。「豊かなデジタル文化」を目指す姿勢が、信仰や人間性に根ざした深みを失わずに進化していくことを願いたいものです。
ネットからのコメント
1、僧侶の説法にはパターンがあるし、禅問答の実例も記憶容量から言えばそんなに多くはない。実は医者の問診や診察、治療計画もドクターロイドで可能だと言われているが人命にかかわることなのであえて触れないでいるのだと思っている。いずれ事務系の仕事はほとんどがAiロボットで対処できると言われている。さらに、受付、役所の諸手続き、証明書の発行、そして調理などが置き換えられると言われている。時間がかかるのは人の安全とノウハウに重点を置いた技術、そして芸術にかかわることである。そして最も重要なのはフェイルセーフである。ミスしたときに、あるいはミスを犯そうとしたときにいかに自己修復できるかということである。東京スカイツリーのエレベータの管理はAiロボットに任せた方がより安全になるかもしれない。
2、仏教対話なので、ブッタの悟り、仏教の教えに基づき、相手にあわせて悩みを解決する人型ロボット的なAIということなのでしょう。昔の日本は、江戸時代は国民全員が檀家義務がありましたが、それ以前に、国民の生活が仏教のお寺と密着していたのは、お寺が教育や悩みの相談であったり、寺請制度で役所の代わりをしていた面もあったのは、今の歴史教育でもさせるべきだろうと思います。
今でも日本の仏教徒は8000万人程度とされていますが、若者の多くが名前だけで無関心と思われますが、日本でここまで仏教が広まった理由は、正しく教育で教えておく必要があると考えます。こういったAIロボットが活躍する事で、仏教をはじめとした、日本の庶民の伝統的な歴史観にも焦点が当てられるのではないかと思います。
3、介護用の場面の育成AIロボットも開発して欲しい。話し相手や見守り機能とか様々なモノを兼ね備えたロボットが出来る事を個人的に願っています。
4、何の役にたつのかが、わからない。大学でやる価値があるのか?疑問。 人間は、困ったとき、答えを求める。出来るだけ早く、分かりやすく。 しかし、現実の世界は、そんなに単純ではなく、試行錯誤しながら、答えを求め続ける。A Iにいくら学習させても、当たり前の答えしか返ってこないと思う。 人間は、悩み、考える事でしか成長出来ないのではないか、と思う。答えをコスパ、タイパで得られても、だから何?って言う感じ。答えを探すプロセスが人間を成長させる。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/c3fe3c090f51d3052f64391dfc15017dc79075fa,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]