10月26日、衆院内閣委員会で「国旗損壊罪」を規定する法案について議論が行われました。同法案の共同提出者である日本維新の会の阿部圭史氏は、法案成立が国旗を大切にする気持ちや愛国心の醸成につながると主張。一方、自民党は「法案は内心に立ち入らず、国旗の尊重義務を課さない」とし、意見に矛盾が見られました。また、維新の西田薫氏は「子どもたちに物を大切にするきっかけになる」と述べ、教育的意義を強調。一連の議論は、法案の目的と実際の立法効果との間に温度差を生じさせました。

この法案は、理念として国旗の尊重や愛国心の醸成を謳っていますが、その論理には甚だしい懸念が残ります。まず、法案成立を通じて個人の内心に踏み込む意図はないとする自民党の説明と、国旗を大切にする気持ちを強制することを教育的価値と捉える維新の姿勢との間で、公私の境界が混乱しています。
内心の自由は憲法第19条で保障されており、国家が特定の価値観を押し付ける立法行為はこの原則に抵触する可能性が高いです。
また、愛国心は強制されるものではなく、自然に育まれるべき感情です。教育の現場で国旗へのリスペクトを教えることと刑法で強制することは別問題であり、後者は道徳教育を刑罰と混同する危険を孕んでいます。
解決策を提示するなら、まず教育現場での愛国教育を具体的プログラムとして議論し、刑罰ではなく学びの機会を創出する必要があります。次に、国旗の損壊行為については刑法以外のアプローチ、例えば行政的措置や啓発を通じた解決を目指すべきです。さらに、愛国心とは多様性や意見の自由を尊重することによって形成されるものであり、国民としての自覚を持つきっかけを提示する方が効果的でしょう。
国旗損壊罪の提案は、一見すると国民の統一を図るかのように見えますが、その実態は国旗や愛国という抽象的な概念を立法の名のもとに利用し、国民の自主的な意思を矮小化する行為に他なりません。国家への忠誠心を押し付ける手法ではなく、自由と尊厳を基盤とした社会こそ、持続可能な愛国心の土台を築けるはずです。
ネットからのコメント
1、“語るに落ちる”とは、まさにこのことだろう。愛国心の醸成というものは、国家権力による刑罰で国民を脅して作り出すものではない。国民生活を豊かにし、安心して生活していける収入を得られる政治を行うことによって生み出されるべきものだ。国旗損壊罪がなぜ戦後80年も経過して今頃制定しようとするのか、国民の国旗に対する尊重の感情を守るなどという表向きの理由(それも感情という実に主観的で一時的なもの)とは裏腹に、>かつての不敬罪が担っていたような権力による価値観の押し付けと思想統制、精神的統合の役割を、形を変えて「国旗」に担わせようとしている(引用:園田寿甲南大名誉教授記事より) ことに他なるまい。要は国旗を尊重しろ、と罰則を持って強要することが目的なのである。それを愛国心という言葉で維新の議員は語ったわけだ。内心の自由を保証する憲法違反であることは明白だろう。
2、立法事実が「国旗を大切に思う国民感情」とか勝手に内心を決めつけているあたり、内心の自由を認めない中国共産党や現ロシアみたいな全体主義国家くさい。
そりゃあ近代国家制度だと象徴だからある程度尊重はするけど、刑事罰が必要と思うほど思い詰めてないわ。外国国旗はトラブルを避けるために仕方ないけど、それも適用範囲は非常に狭い。
3、国旗や国歌についての考え方は、国民一人一人が自問自答しながら考えて答えを出すことで、国家に強制されるものではない。小林秀雄は、戦後日本の「進歩派」の空疎な反国家主義も嫌っていましたが、同時に、国家主義が道徳的熱狂に変わることも警戒していました。
4、政府とか国会とか、いわゆる「国」の意味と近い機関の在り方に対する不満等に対して、「愛国心」や「人が不快に感じる」かといった定義が曖昧な抽象的な概念を基準として、それを以て具体的な不満表現の行為の一種について禁止する法律なので、他の政府批判の表現も同じ理屈で禁止可能になり得る、そういう問題だと理解できる程度の極常識的な思考力を醸成する方策をむしろ講じた方が良い。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/bd3f37a0d1dd7a5beaec02a7968e2c00ff25d899,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]