相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者ら45人が殺傷された事件は、発生から10年を迎えた。知的障害者への理解はいまだ十分に広がらず、政府の2023年調査では障害を理由とする差別や偏見があると答えた人は88.5%。当事者や家族は、社会の認識や環境整備の遅れを訴えている。

45人もの命が奪われた事件から10年が過ぎても、障害者を「困った存在」と見る偏見が残る現実は異常であり、社会全体が向き合うべき問題だ。事件の背景には、障害への無理解を放置してきた教育や環境整備の不足がある。理解を広げるには、学校での障害理解教育を充実させること、公共施設にカームダウンスペースなど合理的配慮を標準化すること、地域で当事者と接する機会を増やすことが必要だ。人を能力や外見だけで切り捨てる社会は、結局すべての人の安心を壊す。多様な人が共に生きられる仕組みを作ることこそ、悲劇を繰り返さないための責任である。
命の価値に優劣をつける考えを許さず、違いを理由に排除しない社会を築けるかが問われている。制度と意識の両方を変える努力を続けなければ、過去の犠牲を本当の教訓にすることはできない。それは未来への責務だ。
ネットからのコメント
1、親戚に知的障害者がいると結婚が破談になると言いますよね。特に兄弟。『困った人』という評価は間違っていないと思いますよ。家族としても『いなくなってほしい』という本音を正直に話したら、現代だと無関係な部外者から大バッシングを受けるので、黙って耐えている人も多いと思います。崇高な理念は社会から承認されやすいので、どうしても声がデカくなりますが、それだけで本当に『知的障害者の当事者』を救えているのでしょうか。後ろ暗い部分もしっかりと公表して問題提起することで、社会全体で問題を考えていくことが、本当の意味で当事者を救うことになると思いますよ。
2、小学生の頃に何もしてないのに障害者に突然棒で思いっきり殴られたことがあります。それ以来障害者=危険と考えて避けているので幸い被害にあったことはありません。
しかし、障害者は困った人ではない、という情報を広めてしまうと、知らずに障害者に接して被害に合う人が出てきてしまうでしょう。まず障害者は危険である、という認識をしたうえで正しい接し方をする必要があるかと思います。その方がお互いのためです。
3、困った人というのは健常者にもいるわけで、なにも知的障害者に限ったことではないと思います。ただ、知的障害者が困ったことをした場合、その被害を受けた人への補償、リカバリーが健常者から被害を受けた場合に比べて格段に落ちることに不満を感じている人が多いのではないでしょうか。100%同質にすることは難しいとしても、そのあたりを改善していかないと理解から遠のいてしまうと思います。
4、知的障がい者に関しては、現役のころ困った事が多かったです。対応しても、話が通じない、言わば意思疎通が出来ない事が多かった事です。そして、他のお客さんからは不適切な行為に関し何とかしてくれとの苦情を頂く事です。結局、何とか学校、通所通園先の施設へ連絡し対応してもらう事が多かったです。親に連絡するとこじれる事があるので、ワンクッション置いてこの方々を通してやった方がいいとの障がい者団体の方からの指導がもありました。
障害のレベルによっては、一般の方ではとても対応できない症状もあるとの事です。特に多動行動障害は、暴れたら押さえるのに介護者も怪我をすることも多いです。ですから、家族や関係者以外の方が押さえつけると、逆に障がい者に暴力を振るっている思われてしまいます。偏見の目で見ないでとの事ですが、現に暴れて一般の方や介護者、親を怪我させるのを見てしまうと偏見を生んでしまうのが現状です。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/48169e13222af6eacc6fb8c161a974631fe3f613,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]