八ヶ岳の山小屋「双子池ヒュッテ」での事件は、午後4時半に到着予定だった登山客が来ないことから始まりました。小屋番たちは大声で呼びかけながら山を捜索しましたが、返信はありませんでした。暗くなる中、午後6時半に小屋から連絡があり、登山客は岩場の多い道に迷い込んでいるとのことでした。結果的に登山客は無事に小屋に辿り着きましたが、こうした遭難につながりかねないケースは跡を絶たず、日本では年間約3,357人が遭難し、そのうち約300人が死亡または行方不明になります。小屋番たちは遭難救助のリスクと向き合い続けています。警鐘を鳴らす小屋番は、自身の実力を見極め自然に向き合うことの重要性を説いています。

今回のニュースは、単に個々の遭難事件にとどまらず、山岳救助体制の欠陥や制度上の問題が浮き彫りになっています。年間3,357人もの遭難者がいる現状は、登山者の準備不足や山岳情報提供の不足が原因です。
まず、登山前の教育と準備の徹底を促し、実際の地形に基づいた最新の地図を提供することが必要です。次に、技術を持つ小屋番たちによる定期的な講習会の開催が有効でしょう。そして、スマホのGPSに過度に依存せず、コンパスや地形図など基本的な道具を使う訓練が求められます。自然の魅力を享受するには、無知な冒険よりも、知識に基づいた冒険が良い結果を招くのです。安全な山岳体験を確実にするため、我々は一人ひとりが責任を持って準備し、安全を最大限に考慮するべきです。
ネットからのコメント
1、スマホを見ながら徒歩、自転車や車の運転するのと同じ様なもの。自分の実力を知らないよりも過信していると言った方が良いでしょうね。今回の登山に至ってもスマホばかり見ている為、案内の看板すらも見落とし迷ったり、場合によっては熊とかの野性動物に襲われたり周囲の確認に疎かにしがちになります。何れもスマホを宛にしていると、自分が痛い目に遭うという事ですね。
2、街中を歩いていても、スマホ依存の人達が沢山歩いています。でも、肝心な情報収集の能力がありません。
以前、台風か何かで電車が止まった時、シャッターの降りた駅に沢山のスマホを持った人達が、右往左往していました。スマホ依存と言っても、ラインやメルカリ、動画にゲームやユーチューブばかりで、今の自分の状況把握に役立つものは見ていません。日本はどこでも地震等の災害の危険性があるのですが、自分から危険を招くような行動は、如何なものかと思います。少なくとも、自分の子供といる時は、手にするのはスマホではなく「子供の手」ではないのでしょうか?
3、少し前までは紙のマップで登山をしていたし十分にできた。危険個所は事前に複数のガイドブックを読みあさった。高度計のついた時計もできて、常に位置を把握しながら歩いた。今どきのスマホはあくまで補助手段としての位置づけで良いと思う。
4、読んでいて、派手さはないけど重みのある世界だなと思った。便利さが当たり前の時代に、自然の中で人の命を預かる仕事を選ぶ小屋番は、ある意味いちばん現実を知っている人たちだ。スマホや情報に頼れるほど、逆に自分の実力を見誤る。そのギャップを最後に受け止めるのが小屋番だと思うと、責任の重さは想像以上だ。
山に憧れる気持ちと、山を甘く見ない覚悟。その両方がなければ続かない。過酷だけど、逃げ場のない環境だからこそ、人としての芯が試される。こういう人たちがいるから、山はまだ「人が入っていい場所」として保たれているんだと思う。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/d11443d123cb30ff4485c42a52fcfd14ed2c067d,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]