池田麻里奈さん(42歳)は、30歳から10年間にわたり不妊治療に取り組むも、妊娠7か月での死産や度重なる流産を経験。35歳を境に卵子の老化やキャリアの足踏みに焦燥感を抱えながら、夫婦間の温度差や社会的な偏見とも闘い続けました。不妊治療が実らず42歳で子宮を全摘出した後、特別養子縁組により母となる人生を選択。不妊治療での苦しみは、現在のカウンセラー活動の糧となり、「親になる形は一つではない」と力強く語っています。

不妊治療の重圧に10年以上耐え抜いた池田さんの経験談は、多くの人々の胸に響く深い教訓を与えています。同時に、本件は根深い社会的課題を浮き彫りにしています。不妊治療を取り巻く環境は個人任せの性質が強く、治療費の高騰や男性の関与不足、仕事との両立が困難なシステムは未解決のままです。
まず、不妊治療の保険適用範囲を拡充し、加えて心理的・社会的支援の体制を構築することが必要です。また、企業側には柔軟な労働環境を整え、休暇取得や治療への理解を深める教育が求められます。そして、教育現場や公共の場で「男女共同での不妊治療」を啓発し、夫婦間の温度差を解消する社会モデルも導入すべきです。
人が家族を築く方法や価値観は多様であるべきです。池田さんの「親になる形は1つではない」という言葉は、すべての人がその生き方を尊重されるべきだという信念を力強く後押ししてくれる一言です。我々は、こうした現実に目を向け、偏見や無理解を放置しない社会の構築に努めるべき時に来ています。
ネットからのコメント
1、私たち夫婦も不妊治療10年やりましたが、10年目に授かった命もわずか2週間でした。奥さんがとても大変な思いをしていた事を思い出します。子供に恵まれなかった事は残念でしたが、私たち夫婦も50歳を過ぎ、お互いに大好きなお酒を毎晩飲んで好きな時間を楽しく過ごしています。
2、うちの奥さんも1年ほど不妊治療した時期がありましたが、やり切ったとスッキリしたそうで、ある日突然「もうやめるか〜」と言って打ち切りにしました。
それはそれは潔くやめたもので、その後は全く気にする事もなく過ごしてます。なんせ多趣味なもので、やりたい事は他にも沢山あり、子作りが全てなどといった発想が全くないのが良かったです。私も無理なものに執着しないタイプなんですが、片方が違うタイプだとどちらもすごく大変なんだろうなと思います。
3、自分も不妊治療をした。そもそも結婚は子供を産むためにしたのではない。パートナーと共に苦しいことも共に乗り越えようと思った相手と結婚した。不妊治療は本当に精神的にも肉体的にも大変。だからある一定の期限を決めて、最終、授からなくても努力はしたんだ。だから後は子供がいない2人の人生もありだと、思い望んだ。子供が居ても決して幸せとは限らない。何のために結婚したのか。
4、不妊治療は、体の負担だけでなく、先が見えないことや周囲に言えない苦しさが本当に大きいですね。それに努力すれば必ず報われるものではないからこそ、自分を責めてしまう人も多いと思います。でも、この方のように別の形で家族を築き、その経験を誰かの支えに変えている姿を見ると、人生を歩く道は決して一つではないのだと感じました。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/9bc5c898f12e555feee5dd0902dc165ae09a8292,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]