"十六歳の毒薬花嫁" 第13話
と呼ばれる理由はなくなった。
野の先には、以とは違う客も増えた。薬を買える商や武だけではなく、咳の止まらない老、赤子を背負った女、を荒らした職まで列に並ぶようになった。を分に払えない者には薬をなくするのではなく、凛が薬の種類を調し、必な分だけ渡す仕組みを作った。
数を数えるのはキヌだった。相変わらず難しい字は読めなかったが、印の形と包みのきさ、鍋へ入れたの匂いなら誰よりも正確に覚えた。以「字も読めぬ女が薬の何をる」と蔵に笑われたことをいすたび、「名をらなくても、毎触っていれば分かることはございます」と胸を張った。
茂は父の代わりにの取引を回り始めた。最初の半は野そのものを信用しない商もく、契約を切られたり、以よりい値をつけられたりしたが、茂は度も父の名を言い訳に使わなかった。失った信用はでは戻らないと理解していたからだ。
湊の回復は、のて直しよりさらに遅かった。ほとんど歩かなかったは筋力を失い、杖なしで庭を回れるようになるまでくかかった。それでも朝になると必ず縁側へて、昨より歩でもく歩こうとした。
あるの朝、凛が薬蔵のい棚へ包みを置こうとしていた。
広告
背がりないためきな踏みをのへ引きずり、「よいしょ」と乗った瞬、がわずかにぐらついた。
「危ないですよ」
ろから湊の声がした。
凛は棚へを伸ばしたまま、「転んでおりません」と答えた。湊は杖をつきながらづき、「今、転びかけたでしょう」と言ったが、凛は包みを無事棚へ収めてから振り返った。
「危なかっただけです。転んではおりません」
「そういう理屈は、あまりできませんね」
湊が笑った。以のように咳き込むこともなく、ごく普通の若い男の笑い声だった。台所の隅で鍋の蓋を持っていたキヌまで吹きし、澄も廊の向こうで元をわずかに緩めた。
あの。
野へ嫁ぐと凛が言った。
誰もが正気を疑った。
余命。
歩くことさえできない歳の若旦。
嫁げばもなく未になる。
それなのに、の娘が自分からを叩いた。
財産目当てだとった者もいた。
寝る所が欲しいのだとった者もいた。
父を罪にされたみで入り込んだのだと疑う者さえいた。
どれも、部は当たっていなかった。
凛には最初から目があった。
、父・吉が命を失うに残した記録をがかりに、野の薬正を暴き、父の名を取り戻すこと。そのためにはから訴えるのではなく、野のへ入り、薬、台所、帳面へづかなければならなかった。
広告
だから嫁になった。
だが凛自にも、つだけ計算していなかったことがあった。
病から命がけで自分の部まで歩いてきた湊が、「きたい」と言った夜だった。
父の名を取り戻すことと。
この男をかすことが。
凛ので同じさになった。
数、吉の墓にで参った、湊はずいぶんいをわせていた。帰り、凛が「何をお話ししたのですか」と尋ねても、湊は「男同士の話です」と笑って教えなかった。
凛はそれ以聞かなかった。
夕暮れのをで歩く。
湊のにはまだ杖がある。
には凛のがある。
で終わるはずだった祝言は、いつのにか何も続いていた。
そして郡では々まで、歳でにかけの若旦へ自ら嫁いだ奇妙な娘の話が語られた。
けれど、々が最までらなかったことがつある。
凛があの、野のを叩いた。
彼女が救おうとしていた「命」は。
若旦のものではなかった。
罪のままのに眠っていた父の名。
腐り始めていた野。
そして、何もらず毒を薬だと信じてみ続けたの若者。
そのすべてをき返らせるために。
歳の娘は。
たったで。
あのを叩いたのである。