"年収三千万円の嘘" 第15話
これからは私たちの
「お母さん、くして! もうみんな集所にっちゃうよ!」
玄関から、スパイクを履いた健太の待ちきれない声が響いた。
「分かってるわよ、今くから待ちなさい。筒の氷、めに入れておいたからね」
リュックサックにタオルと保剤を詰め込み、私はスニーカーを履いて玄関の鏡を覗き込んだ。
化粧にシンプルなポロシャツ、線を防ぐつば広の子。
かつて病院の医局で、徹夜けの充血した目をこすりながらを着ていた頃の私とは、まるで別のような、柔らかく引き締まった笑顔がそこにあった。
へると、抜けるようなの青空がどこまでも広がっていた。
健太は私のを、まるで子犬のようにねながらっていく。
その元気いっぱいのさな背を見つめながら、私は鍵をポケットに収め、ふっとく息を吸い込んだ。
婚を決断したあの、私ののには、言葉にできない恐怖とが渦巻いていた。
激務の医師を続けながら、本当に女つで息子を自由なく育てげることができるのだろうか。
父親を奪われた息子が、期を迎えて荒れてしまったらどうしようか。
周囲の保護者たちから、好奇と憐憫の目で見られるのではないだろうか。
だが、実際に歩を踏みしてみれば、そんなの割はただの杞憂に過ぎなかった。
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困ったには、病院の同僚たちにをげて勤務を調してもらった。
が回らないには、サッカークラブのママ友たちが自然体でしを伝ってくれた。
で完璧な親を演じようと虚勢を張るのをやめ、「助けてください」と素直に者に甘えることができるようになってから、私の周囲には、かつてないほど温かなの輪が広がっていった。
グラウンドに到着すると、健太はチームメイトたちの輪のへ弾かれたようにび込んでいった。
「健太、今こそハットトリック頼むぞ!」
「任せろって!」
保護者席へ向かうと、顔なじみの母親たちが笑顔でベンチのスペースを空けてくれた。
「まりなさん、おはよう! 今も差しがいから、傘のに入って!」
「ありがとうございます。今も全力で応援しましょうね」
ホイッスルが鳴り響き、試が始まった。
グラウンドを疾し、にまみれながら必にボールを追う健太の姿を、私は瞳を凝らして見つめ続けた。
折、あの美の甲い声が脳裏をかすめることがある。
『収千万のエリート医師の妻になるんだもの!』
あの、あの女が勝ち誇ったように宣言した台の結末を、私はもうっている。
康太は夜勤の労働に追われ、美は内職と夜バイトに追われ、のには罵倒と借だけが残されたという。
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だが、今の私にとって、それは球の裏側の来事よりもい、何の慨も湧かない過の残骸に過ぎない。
彼らをむことも、呪うことも、もはや私の常にはしない。
復讐のためにエネルギーを使うことすら、今の私にはもったいなさすぎるからだ。
私には、診察しなければならない切な患者たちがいる。
支えってくれる素らしい同僚や仲たちがいる。
そして何より――このグラウンドで、全全霊でを向いてっている、最の息子がいるのだ。
試終際、健太が鮮やかなインターセプトからサイドを駆けがった。
「健太! けぇーーっ!!」
私の叫び声に呼応するように、健太が鋭い切り返しからを振り抜いた。
ゴールネットが激しく揺れ、審判の試終を告げるい笛が空に吸い込まれていく。
逆転勝利――!
駆け寄ってきた仲たちと抱きい、もみくちゃにされながら、健太が真っ先に保護者席の私を見つけて、クシャクシャの笑顔で親指を突きげた。
私もまた、ちがって両をく突きげ、涙がこぼれるのも構わずに拍を送り続けた。
夕暮れ、茜に染まる並を、健太と肩を並べて歩いた。
「お母さん、今の夜ご飯、何?」
「健太の希望通り、特の焼肉定にしましょうか」
「やったあ! ご飯盛りにしてもいい?」
「ええ、好きなだけべなさい」
健太が嬉しそうに私のをりでみ、ふと振り返って満面の笑みを向けた。
「お母さん、ろうよ! く帰ってお腹いっぱいべよう!」
「ちょっと、待ちなさいってば! お母さん、運なんだから!」
笑い声を響かせながら、私は夕に向かって駆けした。
もう、誰かの顔を窺って息を潜める必はない。
誰かの嘘や見栄のために、切なを切り売りする必もない。
私たちは、自分たちのでを踏みしめ、自分たちのを、自分たちので美しく紡ぎしていく。
「お母さん、遅いー!」
「今くわよ!」
の爽やかなが、私たちの背を優しく押し流していった。
私たちの本当の幸せなは、いま、始まったばかりだった。