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"「3月末に出ていけ」離婚を迫る夫が知らない真実" 第1話

目のたい

半ばの午の差しは、傾きかけたとなっての広いリビングを斜めに切り裂いていた。庭先に植えられた犀の垣から、甘くたいりがに乗って微かに流れ込んでくる。そのりは、毎の訪れを告げる穏やかな図のはずだったが、今ばかりは喉の奥を刺すように息苦しかった。

歳の専業主婦・伊佐美(いさみ)は、ローテーブルを挟んで正面に座る夫・秀哉(ひでや)のえられたなりを、無言のまま見つめていた。

秀哉は総商社「帝都物産」に勤める歳。すらりとしたに、仕ての良いネイビーのスーツを皺ひとつなく着こなし、シルバーフレームの鏡の奥にある細い瞳は、いつも計算尺のように徹なを帯びていた。入社員の頃から張や方勤務を繰り返し、周囲からは将来を嘱望されるエリート商社マンとして通っている。

しかし、その輝かしい経歴の裏側で、庭の営みをで支え続けてきたのは伊佐美だった。

息子の徹夜(てつや)が産声をげたも、秀哉はアジアのインフラ事業の現にいた。学の入学式も、インフルエンザでをして夜救急に駆け込んだ夜も、夫の姿がにあることは滅になかった。いわゆるワンオペ育児と、老朽化していく軒の維持管理。

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それでも伊佐美は、「族のために世界を股にかけて働いてくれているのだから」と自分に言い聞かせ、文句つ言わずに留守を守り続けてきた。

現、秀哉は幹線の距にある方核都の支社へ単赴任だった。帰りで戻れる距ではなく、帰宅するのは末始、ゴールデンウィーク、そしてお盆休みの回ほど。しかも帰省した際には、でほどの齢者向けケアマンションに暮らす義父の顔をし見にくだけで、族で卓を囲んでゆっくりと語りうなど、この数まったくしなかった。

夫婦の仲は、激しい諍いがあるわけでもなければ、燃えがるようながあるわけでもない。結婚してという歳が、男女のを穏やかな共同活者の義務へとすり替えていくのは、世般の夫婦にもよくあることだと伊佐美はっていた。

だが、このの秀哉が醸しす空気は、これまでの帰宅とは決定に異なっていた。

秀哉はもをつけていないめた緑茶の湯呑みから目をし、胸ポケットから万を取りしてテーブルの央に置いた。カチリと質な属音が、静まり返った部にさく響く。

「……それで、秀哉さん。改まって話って何かしら。徹夜のこれからののこと?」

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伊佐美が努めて穏やかな声で切りすと、秀哉は鏡を差し指でわずかに押しげ、を完全に削ぎ落とした氷のような声で言った。

「徹夜のことも含めてだが、もっと根本な話だ。……伊佐美、君と婚したい」

がピタリと止んだように、部の空気が凍りついた。

伊佐美のので、夫の言葉が反芻される。婚。その文字が、あまりにも唐突すぎて、のある言葉として脳に届かない。

「……え? 婚? 秀哉さん、何を言っているの? 急にそんな……冗談でしょう?」

「僕は仕事でも私活でも、冗談は言わない主義だ。君もっているだろう」

秀哉は眉つかさず、鞄から枚の用を取りしてテーブルのへと滑らせた。

緑の枠線が印刷された、見慣れない式。部の夫の署名押印欄には、すでに流麗な秀哉の自による氏名、、本籍が完璧に記入され、朱肉の鮮やかな赤が押されていた。

「婚届だ。君の欄にサインして、捺印してくれ」

「待って……待ってよ! どうして!? 私たち、別に喧嘩をしたわけでもないし、借があるわけでもないでしょう!? どうして急に別れなきゃいけないの!」

伊佐美の痛な叫びに対し、秀哉はややかにを鳴らし、腕組みをしてソファの背もたれにく体を預けた。

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