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"昭和27年、戦争未亡人が開いた小さな店の50年" 第2話

夫が玄関をた朝

夫に赤――臨召集令状が届いたのは、昭のまだのたい先のことだった。

息子がまれて、ようやく半を迎えたばかりの頃だった。

役の使者から汚れた封筒を受け取った夫は、居の真んにったまま、無言でその切れを見つめていた。

私は台所で夕餉の芋を刻んでいたが、包丁を持ったまま、指先が凍りついたようにかなくなった。何が届いたのかなど、聞くまでもなかった。

あの頃、町のあちこちで全く同じ景が繰り返されていた。

昨まで械油にまみれて働いていた隣のの若い衆が、急に姿を消す。

通りの米の男が、の丸の旗に送られて駅へと向かう。

そして週も経てば、また別のから軍が響いてくる。

「……いつだい?」

沈黙に耐えかねて尋ねると、夫は乾いた声でく答えた。

「来週の曜だ」

それからのの記憶は、議なほど抜け落ちている。

何を煮てべさせたのか、誰が別れの杯を交わしに来たのか、夜にでどんな話をしたのか。

細かな記憶は、分い鉛の靄のに吸い込まれてしまったようだった。

ただ――夫ががの敷居を跨いでていった、最の朝の記憶だけは、どれほど歳が流れようとも、昨のことのように鮮だった。

夫は発の際まで、布団のにいた息子を何度も、何度も両腕で抱きげた。

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まだ父親の顔の判別もつかない赤ん坊だった。夫はその柔らかい頬を差し指でつつき、さく丸まったのひらに、自分の節くれった指を握らせていた。

「そんなに構ったら、目が冴えて泣きしてしまうよ」

私が努めて平気な声を作って咎めると、夫は寂しげに細めた目で笑った。

「もうパッチリいてるさ」

「ぐずりしても、もう私じゃあやせないよ」

「そいつは……困ったな」

何気ない、いつもの朝の軽だった。

私は、必になって「いつも通りの常」を演じ続けようとしていたのだとう。

『無事に戻ってきておくれ』と縋り付きたかった。

『く帰ってくるよ』と、言だけでも約束してほしかった。

けれど夫は、その言葉を決してにはしなかった。

私もまた、「絶対にきて帰ってきて」とは言えなかった。

にしてしまった瞬、言霊のように、夫が度と帰ってこないという最悪の未来が、確定してしまうような気がして恐ろしかったのだ。

でゲートルを巻き終えた夫は、背嚢を背負い、最に度だけ振り返った。

「じゃあな」

「……うん。ってらっしゃい」

それだけだった。

引き戸が閉まる。

いつもなら景気よくバタンと音をてて閉めるだったのに、その朝の音は、まるで惜しむように、静かに、ゆっくりと引かれた。

それが、夫のきた姿を見た最だった。

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翌の、戦争は終わった。

町には復員列が次々と滑り込み、引き揚げ者を乗せたトラックが煙をげてり抜けた。

誰もが「そのうち帰ってくるだろう」と、淡い望みを抱いて待っていた。

私も待ち続けた。

りの汽が駅に着く刻になると、何の買いしの用事もないのに、赤ん坊をおぶって駅広までを運んだ。

改札から復員を着た男たちが吐きされてくるたび、その群れのに夫のろ姿を探した。

背格好の似た撫で肩の軍を見かけるたび、臓がねがり、駆け寄りそうになった。

けれど、違った。誰も彼も、見らぬの顔だった。

が過ぎ、凍てつくが訪れ、息子はよちよちと本ので歩くようになった。

それでも、夫は帰ってこなかった。

昭の暮れ、役から通の公報が届いた。

方戦線での戦を告げる、たった枚のたい切れだった。

私はにち尽くしたまま、その文字を追った。

度読んだ。

がに入ってこなかった。

もう度読んだ。

違いなく夫の名が墨で印字されていた。

戦の。

くなったとされる所。

方の、舌を噛みそうな見らぬ島の名。

奥の部で、昼寝から覚めた息子がぐずって泣き声をげ始めた。

けれど、私のはに縫い付けられたように歩もかなかった。

しみよりも先に、徹な絶望が胸を貫いた。

夫がんだという事実よりも――『もう、駅へ迎えにかなくていいのだ』と、公に宣告されたような気がした。それが何よりも恐ろしかった。

待っているは、どこかの野戦病院でき永らえているのではないかと、嘘の希望に縋ることができた。

けれど、役所の切れ枚によって、その微かな逃げすらも無慈に塞がれてしまったのだ。

私はその公報をさく几帳面に折り畳み、鏡台の番の引きしの奥くへ押し込んだ。

それから何もの、私はその引きしに度も触れることができなかった。

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