"六時の椅子" 第13話
子を持たない朝
の初め、佳代からが届いた。
《トシと、通目のを交わしました。向こうの暮らしのことをしいてくれました。会う約束はまだありませんが、急がずに返事をこうといます》
便箋の最には、もうあった。
《澄子さんのことも、にきました。トシは、あののことをし覚えているそうです》
ハルは台所の窓辺で読み終え、便箋を畳んだ。トシは歳だった。になって覚えていることがどれほどあるのかは分からない。佳代も詳しくかなかった。本が自分から話すまで、聞きすつもりはないのだろう。
ハルは返事に《よかったね》ときかけ、を止めた。会えていないにその言葉だけを送るのは、し軽すぎる気がした。
代わりに、所でのがかれること、写真館の跡は更になったこと、今度集会所で写真の所覧を配ることをいた。最に《お体に気をつけて。お仕事が段落したら、お茶をみにいらっしゃい》と添えた。
翌、町会だよりのさな欄に、森田写真館で預かっていた写真の旧所と苗字の覧が載った。読んだから件の問いわせがあった。
そのうち件は、かつて川にんでいた老夫婦の娘からだった。幼いころの自分の写真を探しているという。ハルは集会所で町会の松浦と緒に旧所を確かめ、母親の旧姓と撮を聞いた。
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台の裏きとっていた。
「その写真です。お父さんが私の歳の記に撮ったものです」
娘は代になっていた。受け取るに、写真を両で挟むように持った。
「残っていたなんて」
ハルは、笑って渡すだけにした。族がどう暮らしてきたかを聞きさなかった。相はその写真を見つけたかったのであって、ハルへを説しに来たわけではない。
続きの、松浦が帳面に返却を記した。保管簿の最初の頁に、増えた。
ハルはそれを見て、自分が毎朝写真館へ座っていた頃のことをった。が来ないは、自分だけがのあることをしているといかけた。が来れば、すぐ役にてるとった。しかし実際には、では何もできなかった。
いまは、松浦が所を調べ、が箱を運び、問いわせたがいを持ってくる。自分はしずつ力を貸しているだけだ。ずっとそうでよかったのかもしれない。
ハルは集会所の戸を閉めると、へ戻って台所を片づけた。そろそろ慈寺へくを決めようとしていた。
は、澄子の命と記されただ。そのに発して、寺の共同供養の記録が残る所でをわせたい。墓がつなくても、そこへく理由は分あった。
夫に刻を聞こうかとったが、やめた。に自分でけただ。
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今は駅の案内を見て切符を買うことにした。
夕方、ハルは駅の窓で翌の列を尋ねた。係員は刻表をき、乗り換えのない便を教えてくれた。ハルはにき留め、帰りに袋を買った。
へ帰る途、写真館の跡を通った。更には細かい屑が残り、くのの壁がよりはっきり見えた。板もシャッターもない。そこだけのるさがし広がったようだった。
歳の女が毎朝子を置いた所には、もう目印がない。だがハルはを違えなかった。商の畳と豆腐の角は、変わらずそこにあった。
翌朝、ハルはに目を覚ました。の習慣で、寝返りを打つに柱計を見た。になると、どこかで戸をける音がした。聞配達の自転のベルも聞こえた。
玄関の隅に、古い子がてかけてある。座面にはひびが入り、脚の片方はい。達吉がの修理に使っていた子だった。
ハルはづき、指で座面をなぞった。写真館ので朝を待った、脚のいほうに折ったを挟んだことをいす。がいは、膝ので箱を押さえたこともあった。
子が悪いわけではない。ただ、今そこへ座る理由はもうなかった。
ハルは靴を履いた。膝の痛みは消えていないので、階段のあるを避けるつもりだった。
鞄には澄子の写真と、慈寺から受け取った記録の写しを入れた。達吉の写真もさな封筒に入れてある。
「ってくるよ」
誰に言ったのか分からない。その言葉が自然にたことに、ハルはし驚いた。
商では豆腐の主が簾をしていた。
「野寺さん、今は子を持ってないんですね」
「くへくのでね」
「どちらへ?」
「娘のところへ、お参りに」
主は笑うのをやめ、くをげた。
「、お気をつけて」
「ありがとう」
ハルはゆっくり歩いた。急ぐ理由はなかった。の遅れを取り戻そうとしても、れるはずがない。ただ、今の列には乗れる。
寺のへ着くと、職が掃除をしていた。ハルの顔を覚えていて、丁寧に迎えてくれた。ハルは度くをげ、共同供養をった所を教えてもらった。
さな碑が境内の隅にっていた。個の名はかれていない。ハルはへつと、鞄から澄子の写真をした。
「澄子」
声にしたのは度だけだった。
がしくなり、梅のびらが面に落ちた。
「お母さんは、あの、言ってはいけないことを言ったね」
をげると、膝が痛んだ。ハルは碑の横のい段へ腰をろした。
「お父さんも、あなたを捜していたよ。写真を燃やさずに、ずっと持っていた」
、娘に言おうとした言葉はいくつもあった。
どうして戻らなかったのか。なぜの子を先に助けたのか。自分を置いていったのか。
いまは、そんなことを尋ねなくてもよかった。澄子は最まで、目ののを助けようとしていた。母がっている娘も、たしかにそういうだった。
ハルは袖で目元を拭った。涙がした。声を張りげて泣く気にはならなかった。
「帰ってこなくていいなんて、言わなければよかった。それでも、あなたがどこへったのか、ようやくることができたよ」
しばらくそのにいた。がり、庭のが溶けていった。
帰り際、職がさなを渡してくれた。寺に残る昭の共同供養の記録を、から見るにも分かるようまとめた案内だった。
「遺族の方で記録を探すがいたら、寺務所へお申しくださいといています」
ハルは受け取った。
「この、集会所にも枚置いていいでしょうか。写真を返しに来るのには、くなった族を捜しているもいますから」
「もちろんです」
寺をたハルは、駅へ向かった。帰りのは、よりくじられた。
京に着くと、佳代がので待っていた。ハルの帰るにわせ、仕事をく終えたという。
「お茶を入れようとって」
「ありがとう。今はし疲れたわ」
佳代は鞄を受け取らず、玄関をけた。ハルは自分で荷物を置き、台所へんだ。
湯を沸かしている、佳代が言った。
「トシから、またが来ました。今度は私の若いころの写真を見たいんですって」
「そう」
「にあるのは、古いさな写真が枚だけで」
ハルはしばらく考えてから、茶箪笥をけた。
「森田写真館の箱に、まだ渡辺さんの名がある写真が枚あったかもしれない。、松浦さんと緒に確かめましょう」
佳代は笑った。
「ええ。でもでいいですね」
「ええ。今はお茶をみましょう」
湯気がちった。は子に座り、それぞれの湯呑みを持った。誰も急いでいなかった。
その夜、ハルは玄関の古い子を押し入れへしまった。捨てるつもりはない。どこかへ運ぶ用があれば、また使えばよい。
次の朝も、柱計はつ打つだろう。豆腐は湯を沸かし、夫は聞を配る。商にはいつものが始まる。
ハルには、もう写真館のへく用事はない。
代わりに、来週は集会所で写真の所を調べる。佳代と古い写真を見つけるもあるだろう。気がよければ、寺へ植えるを買いにきたい。
そのの台所に、ハルは翌朝の米を研いで置いた。を張った鍋を見てから、灯りを消した。
が来ることを、久しぶりに楽しみにしていた。
(完)
【史実と創作について】
本作は、昭の京町と昭の空襲の活を背景にした創作説です。
野寺ハル、澄子、渡辺佳代をはじめ、登物・写真館・寺院・救護所の個別の記録や来事は、物語のために創作したものであり、実の物や特定の施設の事実を示すものではありません。