"山奥の身代わり花嫁" 第20話
お帰りなさいの続き
式からかほど経って、父との銭の話しいはひとまずまとまった。父は百万円の受領について自分の責任を認め、分割ではなく持ちの資産を理して返還した。私の署名を勝にいた件は、弁護士を通じて記録が残され、必な相談も続けられた。私は父に直接会うことなく、面で結果を確認した。
姉の虚偽投稿による損失についても、会社と姉ので解が成した。確認できた損害の部として百万円を分割で支払い、訂正文を掲載することになった。予約がすべて戻ったわけではなく、失った仕事もあった。それでも、責任を曖昧にしない形で区切りをつけられたことは、会社で働くたちにとってきかった。
私はそのおを自分が受け取るつもりはなかった。会社に入る賠償の使いは皆で相談し、りない分を別の予算から補って、齢者向けの配達に使うをしくした。のは無理をしないという決まりを守りながら、事を待つのもとへ全に届けるためだ。しいが届いた、佐伯さんは荷台の広さを確かめ、「これならの毛布も積める」と笑った。
さんはに度、峰へ来るようになった。ひだまり弁当のは若い従業員が増え、さんが休みを取れるもできたという。
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つのは季節の献を交換し、ときどき緒に仕入れをした。私は自分の仕事を始めても、さんから教わったことを忘れなかった。むしろ、教わったを誰かへ渡せることが嬉しかった。
武さんとの暮らしは、特別なことばかりではなかった。朝は彼が先に起きて薪置きを確かめ、私は堂の注文数を確認する。見がわないもあり、仕事のことで言い争うこともあった。そんなときは、どちらかが黙ってするのではなく、を置いてもう度話すようにした。私は自分の見を言うのがしずつになり、武さんは話を聞くのがよりになった。
あれからが過ぎた。のだまりはの堂として根づき、所のだけでなく、観客や隣の齢者も訪れるようになった。配達の利用者は増えたが、私はで何でも決めない。井さんとしい調理担当が献を考え、佐伯さんが配達をまとめ、さんが数字を見てくれる。堂のきな卓には、いつも誰かの湯のみが並んでいる。
私たちには歳になる息子、陽太がいる。陽太は武さんの軽トラックの音を聞くと、玄関へっていく。「おかえり」がまだに言えず、「おかえ」とくなる。武さんはそのたびに、仕事でどれほど疲れていても嬉しそうに笑う。
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静さんは陽太にの玩具を作ってもらい、さんは来るたびにさな弁当箱を持ってくる。
曜になると、武さんは今でも堂で鮭弁当とだし巻き卵を頼む。でもべられるでしょう、と私が言うと、「初めてへ通った頃の気持ちを忘れないためです」と真面目な顔で答える。私は呆れたふりをして、だし巻き卵をいつもどおりのさに切る。しくしたい気持ちは、今も変わらない。
実のとは、あの結婚式以来会っていない。父からの連絡はなく、母も私の仕事先へ話をかけてこなくなった。度だけ、姉からが届いた。「あなたが羨ましかった。代わりなら誰でもいいとっていたのは、私たちのほうだった」。そこにはい謝罪も添えられていた。私は最まで読み、返事をかずにしまった。
許すかどうかは、今すぐ決めなくてもいいとった。姉が何を悔やんでいるのか、私にはまだ分からない。それでも、あのから私が積みねてきた暮らしは、姉の枚で消えたりしない。私は族のことをいすもあるが、そのたびに今いるたちの顔を見て、今の仕事へ戻る。
あるの夕方、堂を閉めようとしたとき、の若い女性が入にっていた。仕事を辞めたばかりで、む所も決まっていないという。
私は彼女を無条件に雇えるわけではなかったが、の相談窓と空いている求を緒に調べた。温かいお茶をすと、彼女は「こんなことまでしてもらって、すみません」と繰り返した。
私は昔の自分をいし、「悪くないときまで謝らなくていいんですよ」と言った。女性は驚いた顔をして、それからし笑った。私は連絡先をいたを渡し、困ったら相談してほしいと伝えた。自分の居所を作ることと、誰かのを代わりに決めることは違う。そのことを、私は武さんに教えてもらったのだった。
夕暮れ、の向こうにいのが残っていた。厨では汁のりが広がり、陽太が廊をりに駆けてくる。でが止まり、玄関の戸がいた。「ただいま」。武さんの声に、陽太が両を広げてびついた。静さんが笑い、私は掛けでを拭きながらを迎えた。
「お帰りなさい」。
その言葉を言うたび、私は見いのの古い鞄をいす。あの朝、私は族にとってらなくなった荷物のように送りされた。のので奥様と呼ばれたときも、誰かの代わりにそこへ置かれるのだとった。けれど、私の名を覚えていたたちは、私の返事を待ってくれた。
今、玄関には私が自分で選んだしい鞄が掛かっている。の堂の献と、陽太のさな靴が、そのに並んでいた。
私は武さんから受け取った買い物袋を台所へ運び、夕の鍋にをつけた。の寒さとは違う温かさが、のにゆっくり広がっていった。