"出征前夜、夫から突然の離縁状――日記に隠された本心" 第17話
ただいま、キヌ
淳さんが帰ってから、暮らしはすぐ元通りになったわけではなかった。
夜に突然目を覚ますことがあった。
きな音を聞くと、淳さんの肩がわずかに張った。
べ物を残すことを極端に嫌がり、ほんの粒の米まで拾ってへ運んだ。
戦争のとは違うになっていた。
私も同じだった。
もう、黙って相の顔だけを見る歳ではない。
「眠れないんですか」
ある夜、隣から物音がして声をかけた。
「丈夫です」
「丈夫ではない顔をしています」
以なら、そこで引きがった。
今は違う。
淳さんはしばらく黙ってから言った。
「し、を見ました」
「話しますか」
「話したくありません」
「分かりました」
私はそれ以聞かなかった。
ただ、湯を杯置いた。
相にづくことと、無理にをかせることは違う。
それも、この数で覚えた。
再び婚姻の続きを済ませた、叔母にもらせた。
叔母はい黙っていた。
そして淳さんへをげた。
「この子を、よろしくお願いします」
私はすぐ横から言った。
「私も淳さんをよろしくします」
叔母が目を丸くした。
淳さんがさく笑った。
夫が妻を守る。
妻が夫を支える。
どちらか方ではない。
で暮らすのだから、で守ればいい。
野にはしずつ常が戻った。
淳さんは以より話すようになった。
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それでも饒舌とは程い。
「今、どうでした」
「普通です」
「それだけ?」
「し忙しかったです」
「それから?」
そんなやり取りをねながら、私はしずつ夫のことをった。
甘い豆が好きなこと。
幼い頃、柿のから落ちて腕を折ったこと。
本当は軍になる、になりたかったこと。
らなかったことばかりだった。
淳さんも、私にいろいろ聞くようになった。
「キヌは何が好きですか」
最初に聞かれた、答えられなかった。
自分の好きなものなど考えたことがなかったからだ。
誰かにされたものをべ、渡された着物を着て、言われた仕事をする。
そんなだった。
それから私は、さな「好き」を探すようになった。
先の菜の。
焼いた芋の端。
縁側で針仕事をする。
しい布の匂い。
そして朝、瓶からちる湯気。
「湯気が好きです」
そう言うと、淳さんは議そうな顔をした。
「湯気?」
「はい」
私は笑った。
「事ないがあるので」
淳さんにはが分かったらしい。
顔を逸らした。
その。
朝起きると、にはくが積もっていた。
私は台所へった。
ところが竈には、もうがついていた。
「え?」
へる。
井戸のに淳さんがいた。
と同じように、薬缶を持っている。
「何をしているんですか」
「湯を作っています」
「見れば分かります」
「が荒れていたから」
私はわず笑った。
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何たっても、それだけらしい。
「もう慣れました」
すると淳さんは、瓶の温度を確かめながら言った。
「慣れなくていい」
あの朝と同じ言葉。
胸がいっぱいになった。
私は夫の隣にった。
「では、緒にやります」
「えますよ」
「ならく終わります」
淳さんはし迷ってから、桶をつ渡してくれた。
昔の彼なら、きっと「へ」と言ってで全部やっただろう。
今は違う。
私も、違う。
で井戸を汲んだ。
で湯をした。
で温度を確かめた。
い湯気が、の朝へっていく。
へ戻る、淳さんがふとち止まった。
「キヌ」
「はい」
呼ばれることにも、もうし慣れた。
けれど、今でも嬉しい。
淳さんは照れたように言った。
「ただいま」
「今、から戻っただけでしょう」
「それでも」
私は笑った。
あのの朝、玄関の向こうで聞いた「ただいま」をいした。
歳の私は、誰かに決められた結婚でこのへ来た。
そして度、追いされるように縁された。
けれど戻ってきたと、今度は自分で結婚した。
だから私は、あの言えなかった分まで込めて答えた。
「お帰りなさい、淳さん」
それからでへ入った。
朝餉の支度が待っている。
卓には、最初から分の茶碗が並んでいた。